『やさしくしないで!』1巻から
松山花子
(BAMBOO COMICS)竹書房,2004- 年。
この人のことは最近知ったのだけど、とにかく皮肉たっぷりに表現がうがっていて、それが面白い。どちらかといえば女性向けだろう。だが私にはそれが面白いのだ。世の中の偏見や枠組みをうまく利用していて、男には女性への幻想を打ち壊し、女には女にとって最も嫌なところをついてくるといえばいいのか。よくそうした感情のひだを読んで、やり過ぎない程度にくすぐってくる。うまいなあと感心して読んで、気持ち良くくすぐられている。
さて、本作の主人公は人に優しくせずにはいられないお人よしの青年で、だがその親切はいつも裏目に出てしまう。と、ここまでならよくある感じなのだが、裏目に出るその出方がいい。うまく人間の嫌な部分、嫌みな感じがでている。主人公に与えられた軽薄な無邪気さが、我々が普段表に出そうとしない悪意をすっきりと辛辣に押し出して、うまいあぶり出し方だ。意識のなかにばらばらに偏在する黒い心が、目の前で対象としっかり結びつけられてしまう。そこで笑ってしまうのは、自分の中に共鳴するなにかがあるからだ。
この人の漫画の面白さは、誰もが内に秘めている腹黒さを客観的に見せつけるところにあるんじゃないだろうか。自分の嫌な部分を直視しない中途半端な聖人君子は眉をひそめる知れない。だがこういう偏見を自分も持っているなと気付いていれば、そのいやらしさに気付いて笑う。そうしたことが悪いものだと知っていれば、なおさら可笑しみがつのる。笑うことで浄化なんかされるわけもないけれど、笑えるのはある種健全さのあるためで、健全と不健全が引きあってうまくつり合ったところに面白さが生まれている。
この手のものは、感情移入して読むほうがよりいっそう楽しめるものだ。加虐嗜好のある人は毒気の効いた発言に、被虐嗜好があるならその逆に。合意のもとで行われる、一線をこえない遊びが好きな人向け。だが本作は少々ぬるめで、初心者向けといったところか。
評点:4
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