『雪やこんこん』
田渕由美子
(りぼんマスコットコミックス)集英社,1976年。
「雪やこんこん」,『田渕由美子作品集1 フランス窓便り』所収
田渕由美子
(集英社文庫)集英社,1996年。
幼なじみというやつはお互いの良いところも悪いところも知り抜いていて、さらには人には知られたくないようなみっともないことまで知っていたりするわけで、恋愛感情におちいるなんてことはまずもって無いと思うのだ。しかしどういうわけか少女漫画にせよその手のゲームにせよ、幼なじみとというシチュエーションは数多い。田渕由美子においてもその例にもれず、幼なじみとの恋愛は重要なモチーフである。
幼なじみとの恋愛と言っても、唯にはその気は無かった。むしろ静かに寄り添うようにそばに居続ける昌平こそが、寡黙に唯を愛していたのだろう。唯が、別の男への思いをあからさまにしても何気ないふりを装う彼は、唯と同い年とは思えない大人らしさじゃないか。そもそも昔から少女漫画でヒロインが恋するのは、素敵な大人っぽい先輩であったり、ときには先生であったりするわけで、つまりは「完成された」大人だ。ところが昌平君は、唯に大人の男性と認識してもらえてなかったらしい。
昌平にしても唯にしても、お互いの前でむやみに格好をつけたり気取ったりせず、それでも時にはじゃれてみたり意識してみたり。自然なありようとほほ笑ましいほどの不器用さが、いかにも田渕由美子らしい情景で展開される。気にしていないふりをしながら昌平はよく唯のことを見ているし、ぞんざいなふりでいても昌平に気にされると喜ぶ唯もあって。結局は二人が二人とも好き合っているんだから、そこが可愛い。
事件らしい事件(法的に照らしても事件だ)はあったものの、それ以上のことは特になく、終始静かだった。けれど、小さな盛り上がりと小さな言葉がその都度積み上げられて、惚れた腫れたと大騒ぎすることもなく落ち着いた二人の関係はとても自然で、雪の中を二人で歩くラストなぞは、余韻叙情たっぷりで心の温かく和らぐ、屈指の名シーンだろう。こんなだったら幼なじみの恋愛というのもありかな、とか思ってしまう。
評点:4
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