「夕凪の街」
こうの史代
『Weekly 漫画アクション』第37巻第52号(2003年 No.37 9月30日号),53-82頁。
痛ましいと思った。この手のものはこれまでも色々と見て、読んで、調べてもみたが、そのたびに痛ましくて堪らなくなる。なんでもない日常の普通の生活というものが、ぎりぎりの運のよさの上にどうにかようやく成り立ってるにすぎないのではないかとそう思えてくる。
こうの史代という人の書くのが好きで、朴訥とした画風にうら悲しさとほの明るさの同居した穏やかな作風が優しくて、けれども物語ることは静かにしみとおってくる。その人が読み切りで描くという情報を得て、普段は買わぬ雑誌を購入した。テーマはもとよりわかっていて、広島の十年後というのだから、かなしさに対する耐性がやけに低い私には重すぎるだろうと思っていた。それなりの覚悟を持って読みはじめた。
やたらに声を張り上げるようでなく、凄惨さは極力押さえられてむしろ滑稽なほどデフォルメされているというのに、かなしみが突き刺さってくるように感じる。真新しさなどはもう感じない、出来事の実際を知っているものなら簡単に分かるだろう展開が、なのに重苦しくページを容易にめくらせない。わずか三十頁を読むのに十分二十分をついやし、読み終えて以降午後はずっとかなしさが消えなかった。素材の特異性も働いたのだろうが、あまりに重いテーマを持て余さず受け止めて丁寧に描いたこうの史代の実直さが力であった。
読みはじめる前にちらりとよぎった、なぜ今広島という疑念は読後には雲散していた。広島は広島だけのことと考えてはいけないのかも知れないと思った。人の仕合せを打ち壊してしまう諸力は今現在も我々のまわりに偏在していて、今この同時刻にどこかの誰かがささやかな幸福を破られていることを忘れてはいけないのかも知れない。悲しむ間もなく存えるべき命が失われているかも知れない。謂れのない殺意を向けられて、やるせなさに打ちひしがれる魂があるかも知れない。結局我々は同じ思いを繰り返すばかりかも知れない。
評点:5
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