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修士論文、テーマ設定試案
1998. 5. 12
1. 多様式という問題
第二次大戦後に主に見られる作曲上の問題として「多様式」というものがある。特にこれを一人の作曲家の一連の作品群において考えてみることによって、作曲家が様式をどのように捉えているかということが判るのではないか。
題材
多様な様式によって作曲している作曲家、ルチアーノ・ベリオと彼の作品を題材とする。各楽曲が異なる書法により作られているセクエンツァシリーズが題材として使いやすいのではないだろうか。
ポイント
- 様々な様式を用いるのは、様々な様式の習熟をはかるためなのか
- 自分のスタイルを確立するための、模索としての多様式なのか
- 様式が時代や主義と結びつけられるようなものではなく、技法や素材といったものと同様に捉えられるようになったのだろうか
2. 分化した音楽活動を統合する動きについて
ある音楽作品を聴くときに、様々な弾き方や複数の演奏家によって演奏された「部分」を聴者が選択して、作品の演奏を再構成する、この様な聴き方をグレン・グールドが提唱していた。この考え方の根底には、もともと音楽が作曲家から演奏家へ、演奏家から聴取者へと一方的に与えられるものという図式がある。
この様な分化、専門化している音楽活動を再び統合する方向へと、このグールドの考えは向かうものだが、それより以前に、この同じ統合の方向へ向かうものとして、ある種の偶然性の音楽があったのではないかと考える。
題材
- 偶然性の音楽 偶然性の音楽は様々な方法に分類できるが、その中でも特に演奏家によって働きかけられる偶然の要素(奏者の選択により断片を並べ替える作品や、奏者による任意の反復等)、聴衆によりもたらされる偶然の要素を持つものを題材に設定したい。これらをただの偶然的な要素を得るためと見るよりも、作曲家と演奏家、聴取者の共同作業によって行われる新たな創作という側面に光を当てたいからである。
- グレン・グールド 上に述べた、聴取者から乖離した一方的な音楽活動を疑問視するグレン・グールドの考えを、彼の実際の行動や著作をもとに整理し、音楽の共同製作的側面を抽出する。
ポイント
- 分化、専門化してしまった音楽活動を再び統合する動き
- 音楽作品における作曲家優位の状況から、演奏家が働きかける要素が組み込まれることによっての、演奏の復権
- 専門化した個人による活動から、複数の個人による共同作業(コラボレーション)への回帰
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