オタルナイの人のライブに行ってきた 2006

 昨年の11月だったかに、北海道は小樽にて活躍されているラグタイムギタリスト浜田隆史氏が大阪にいらっしゃったのであるが、私はなんだか都合がつかなかったようで、気がついたらいきそびれていたのだった。ああ、惜しいことをした。私は氏のファンであって、だから関西にいらっしゃることがあれば聴きにいって、少しずつでもアルバムをそろえていこう。いや、アルバムを集めるのが目的ではなく、やっぱりライブを聴きたい。オタルナイチューニングによって演奏される氏の演奏はとにかく刺激的で、ギターという楽器がどうだこうだという領域からはずれてしまっている。聴いている最中、あの人が抱えている楽器がギターだかなんだかわからなくなることがあって、果たしてあの楽器が音を出しているのかなんなのかわからない。そんなことは関係なくなるのだな。この不思議な感覚は、体験した人間にしかわかるまい。

岡町あーとらんどPIA

 今回のライブは岡町あーとらんどPIA。2006年2月4日20時30分スタート。なんでこんな遅い時間なんだと思ったりしなくもなかったが、食事でも済ませてから演奏会にということを考えるとまあおかしい時間ではない。

 昨年は知人を誘ったが、今年はひとりでの参加。理由は特にないのだが、どうも今は個人行動期であるらしく、私は誰かを無性に誘いたくなる時期と、ひとりで行動したい時期がばらばらにあるのだな。なので、誰も誘わずひとりだ。ひとりは気楽でよいぞ。

浜田氏の演奏

 昨年はラインでPA卓に送られていたのが、今年はマイクを使用。このほうが音質の面ではずっと自然だと思う。昨年のふたつのライブで、アンプをとおさない音の方が魅力的だと思った私には、この変更は嬉しかった。

 演奏の内容は、やはりラグタイムが中心。ラグタイムについての説明があるのもいつもどおりで、ジョプリンのナンバーが演奏されるのもいつもどおり。『メイプル・リーフ・ラグ』は毎回のライブで演奏されるという話であるし、ラグタイムがどういう音楽かを説明する歌『ラグタイムの歌』も歌われて、実は私は浜田氏の歌が好きなのだ。昨年歌われた『忘れません』。あの歌はいいなと思って、私が昨年買ったアルバム『オリオン』にはこの歌のギターソロ版が収録されていて、けれど私は歌が聴きたかった。だから『忘れません』の収録されている『私の小樽』を買った。会場について、いの一番に買った。

 今年の歌は『雪かきの街』だった。こちらは『歌箱』に収録されているのだね。じゃあ、来年買おう。いや、今年の暮れ頃になるかも。いずれにせよ、次の機会にはこのアルバムを買おう。きっと買おう。

 ジョプリンのナンバーでは『エンタテイナー』も演奏されて、けれどこれはあまりに有名だからかアレンジをちょっと変えて、ラグタイムっぽさを演出するオルタネイトベースから離れて、ハバネラ風なのだそうだ。今回のライブでは、新アルバム『浜田隆史・プレイズ・ロベルト・クレメンテ』からピックアップされた曲が多くて、しかし演奏されたのはラグタイムにとどまらず多彩。ロックンロールありソロギターらしいナンバーもあり、そしてクラシックも。いや、バロックというべきか、氏はそう言い直していらっしゃった。バッハの『無伴奏チェロ組曲1番』から「プレリュード」が演奏されたのだが、氏はこれを変ト長調でアレンジしていて、実は原曲はト長調なのだが、これはきっとバロックピッチの関係なんだろうなと納得していた。だが、実は氏の参照した楽譜も変ト長調だったらしく、世の中にはいろいろなものがあるのだな。

 ちょっと話は脇にそれる。バロックピッチというのはなにかというと、昔は今よりも基準となるピッチが低かったという話で、今ならA=440Hzというのが当たり前のように考えられているが(もちろん、442Hzやあるいはそれ以上でチューニングすることは普通にある)、昔はそんなものちっとも決まっていなかった。隣町にいけば教会のオルガンのAが半音とか1音くらいとか違っているのは当たり前で、さらに当時のチューニングはおしなべて今よりも低かった。

 一時期、昔の音楽を当時の楽器や演奏習慣に基づいて演奏しようという試みが流行したことがあって、それは主にバロック以前の音楽に適用されたのだが、このときにAを415Hzとしようと決めた。つまりこの音の高さというのは便宜上のものであって、バロック時代には今より音が半音低いA=415Hzで調律されていたという説明は間違っている。今よりも低かったことは間違いないが、A=415Hzとは限らない、まちまちだったというのが正解。笛の奏者とかは大変だったらしく、いろんな高さの笛を何本も持ち歩いていたらしい。さながら二ノ宮金次郎だな。

 閑話休題。浜田氏の、楽譜やなんかにとらわれることなく、音楽そのものに肉薄して、ギターで表現しようというスタンスはとても素晴らしいものだと思う。スタンダードとかなんとかは関係なく、とにかく出音が第一番で、そうしたスタンスが生み出したのがオタルナイチューニングに代表される変則チューニングの数々で、そして変ト調のチェロ組曲なのだろうと思う。

 氏の研究されているアイヌ語は文字を持たない言葉だったと聞いているが、無文字が文化の程度を決定しないことは明らかで、アイヌにはアイヌの物語があり宗教がありそして詩情がある。文字を獲得して以後の日本語(漢語に侵触されて以後の日本語)と比べて、決して劣るようなものではない。音楽もそれと同じであると思う。楽譜は便利で、理屈も知っているに越したことはないが、しかし大切なのは出音であり、音楽そのものであるはずだ。

 浜田氏は音楽そのものに肉薄する。ライブでは、その現場に立ち会うことができる。すごく興奮する。まだ知らないという人は、ぜひその場に立ちあってみて欲しい。絶対素晴らしいから。


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公開日:2006.02.04
最終更新日:2006.02.04
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