いま働きにいっている職場、以前は1階に事務所があって、昼休み、気軽にガレージに出て歌えたのだが、引っ越してしまって、現在地上4階、さすがに気軽に外に出て歌うというわけにはいかない。なにしろ、遅いエレベータ、その上り下りの時間がもったいないではないかね。少しでも歌う時間を増やしたい、そうした理由から、外に出なくなった。職場のすみの、半分倉庫みたいなところで、ひとりぼそぼそと歌っていた。そして、もう外で歌うこともなかろうと思っていたのだ。
しかし、今日、その半分倉庫にて昼休みも仕事をする人が出たものだから、ちょっと歌いにくくなってしまってね、まあ、歌えばいいんだろうが、気がひけるってもんだよ。まいったなあ。どうしようか。少し考えて、ふたたび外で歌うことにしたのだった。以前使っていたパイプ椅子を持って、非常階段に通ずる扉を開けた! そう、非常階段で歌うことにしたのだ。幸い今日はいい天気。風もおだやかに吹いて、これならいけるかも知れない。階段まわりの鉄の手すりは、楽譜を磁石でとめるのに最適。眼下には公園がひろがって、なかなかにいいロケーションではないかね。音響も、上階に続く階段が天井になって、床、壁、天井すべてがコンクリ造り、わりと悪くない。少なくとも、半倉庫のカーペット敷きよりもよいと思われて、雨の降らないかぎりは、ここで歌うのがよかろうという風情であった。
そして、私の声はばっちり下の公園にまで届いていたようで、今は春休み、日中公園で遊んでいる子供がひとり、聴きにあがってきてくれたのだった。いや、これは本当にありがたいこと。いつも歌ってるんですか? などと聴かれて、じゃあこれからはいつもここで歌うことにしようかなと思う。単純だな。けど、聴いてくれる人があるということはありがたいこと。しかも拍手までしてくれる。うまいうまいって、嬉しいこといってくれるじゃないの。音楽好きなの? と聞いたら、そうでもないだって。なんてこった。僕が歌うとお母さんが音痴だ音痴だっていうんだ、そんなこというから、でも歌っているうちにうまくなるもんだよ。しかし、こうしたコミュニケーションが成立するだなんて。嬉しいもんだよ。
しかし、その子があがってくるきっかけになった歌っていうのは、さだまさしの『償い』。よく、この歌で聴きにきてくれたもんだ。いや、いい歌なんだよ。けど、小学生はこういう歌は好きじゃないだろう。とか決めつけちゃいけないね。本当、なにが人との出会いをうむんだかわからない。こうしたきっかけの生まれるってことが、本当に嬉しいことだと思ったんだ。