「愚者の楽園」,『美貌の果実』所収
川原泉
(花とゆめCOMICS)白泉社,1987年。
これまで読んだことのなかったタイプの少女漫画に出会った。私はまだ高校生だった。
ヒロインは、通学途中にある農園を通りがかるたびに、思わずいつも笑ってしまう女子高生。なんせその名前が日本農園。ヒロインならずとも笑ってしまう。そんな漫画に、絵柄も手伝ってか妙に力の抜けた雰囲気が感じられて、時間がゆっくり流れているとでもいおうか、心地よかった。そうか、少女漫画にはこんな穏やかな漫画があるのかと、すっかり川原が好きになってしまった。『美貌の果実』収録のどれもが私の好み、いや川原まんがに嫌いなものなどありはしない。そうした傾倒の最初が、日本農園という名前の持つインパクトだった。
今読み返してみると、川原まんがはしっかり恋愛している。けれど激情などという言葉とは縁遠い。恋愛と友情の端境で揺れる心をこそいじらしく思えるタイプのものだ。揺れる心は、人の常として弱々しく傷つきやすかったりもして、けれど川原まんがはここからが違う。ひた向きに、夢見る楽園を決してあきらない人たちの姿に、生きる日々を大切に慈しもうとする広々とくつろいだ強さを実感する。少しずつ普通からずれた人たちが中心にある漫画であるが、川原の世界観はそうした人にこそ優しい。向けられた目の暖かさに、ほろりとして、きっと涙目で微笑むのである。
私にこの漫画を教えてくれたのは、その頃の友人のひとりだった。私から一方的に反りが合わなくなって、そのせいで嫌な気分にも随分させたと思うが、それでも私はあんたに感謝している。あの時、この一冊を見せてくれなかったら、私はこれまで川原を知らずにきたかも知れない。もし知らずに居れば、今の自分はきっとなかった。だから、なにをおいても私は、川原の紹介者であったあんたに感謝を惜しむことなく、それはこれまでも、これからも変わることなどない。それほどまでに、川原のまんがとは、私の大切な一部になっているのである。
評点:3+
耳にするもの目にするもの、動かざるして動かしむるものへ トップページに戻る