最初に断っておきますが、僕はPDFが嫌いです。なにが悲しくて、あんな重いばっかりで使い回しの悪いもんを読まんといかんのか。もっと自由であるはずの電子文書の世界に、紙媒体の持つ物理的制約を持ち込む無粋さがやりきれないのですよ。そんなわけで、Web上で探している情報がPDFだったときなどは、Googleの機能を使ってHTML扱いで読んでいる。それくらい嫌いなのです。
ところが、OS XはPDFにたいしてかなりの親和性を持っていて、その対応力たるや驚かされます。なにがすごいといっても、PDF書類を開くのに、もはやAdobe Readerは必要ないということ。主に画像を表示するためのプレビューというアプリケーションが、PDFを開いてしまうのです。
プレビューというからには読むだけだろうといえばさにあらず、本家Adobe Readerをしのぐ起動の速さ、表示の美しさに加え、検索が非常に便利。こりゃ、Adobe Readerはいらないわと本気で思った。思いましたともさ。
しかし、プレビューのすごさはそれだけではありません。プレビューは、PostScriptファイルやEPSファイルをPDFに変換して開いてくれるのです。とまあそんなことをいっても、普通はPostScriptファイルもEPSも使いやしないから、よっぽど特殊な状況でもない限り役に立つ機能ではありません。でも、まれにPostScriptファイルで提供されるような情報もあって、そういうときに思わぬ助けになってくれたりします。
アプリケーションの名前がプレビューというのは、プリントプレビューをするときに使われるアプリケーションだから、のようです(詳しくは知らんけど)。印刷前にプレビューを選ぶと、PDFに書き出されてプレビューに送られます。もちろんデスクトップに書類が作られるわけじゃないから(多分テンポラリディレクトリに作るのでしょう)、デスクトップは散らかりません。
印刷プレビューをするとPDFに書き出されるということは、PDFの作成もできるということなのでしょうか。そうです、PDFの作成もできるのです。
印刷ダイアログにPDF として保存...というボタンがあります。これを押して保存先を指定してやるだけで、PDF形式のデータが作成されます。OSベースでこうしたことをサポートするようになると、AdobeのDistillerの面目が立たないような気もしますが、ユーザとしては多様な選択肢を得ることができて嬉しいものです。
まあ、嬉しいといっても、PDF書類を自分が作るとは到底思えないけど。
さて、OS XがPDF形式を使うケースがもう一つあります。それはスクリーンショットでして、なんでか知らないのですが、OS XでスクリーンショットをとるとPDF書類で作られるのです。
はっきりいいまして、これはちょっと不便です。PDFをプレビューで開いて、PNGかなんかに書き出してFireworksで開いて加工。ううむ、これは面倒です。
デスクトップに、ピクチャ nという名前で、PDF書類が作成されます。nは連番。名前はピクチャなのにPDFとはこれいかに。
ショートカットにControlキーを足してやると、スクリーンショットがクリップボードに格納されます。それを直接キャンバスに貼り付けるほうが、手順としては楽になります。
とまあこんなわけで、一生使うまいと思っていたPDFを思わず使ってしまう機会が訪れてしまったのであります。
OS Xの導入がきっかけになって、ちょっとPDFを好きになりました。ですが、そのOS Xとて、PDFにたいして万全というわけではありません。まれに文字化けを起こすのです。
ここに文字化けした表示を例示してみましょう。左がAcrobat Reader、右がプレビューによる表示です。
表示だけを問題にするなら、右側プレビューが圧倒的にきれいです。ですが、符頭やト音記号を始めとした記号類、ほぼすべてがナチュラルになってしまっています。でもこれはましなほうで、最初に用意した楽譜の化け方はもっとすごかった。全部がフェルマータになってて、それはさながら画面上にびっしりとひしめく目玉のようでありました。
鳥山石燕の描いた百鬼夜行の絵図に百々目鬼という妖怪がおりまして、その女の両手には鳥の目がびっしり! うわー!! 言うなーっ そいつァ盗人だな、それが見えたって事ァ近い内捕まるだろうよ
。いずれにせよ、ヤなの見ちゃった
わけです。ううぅ、かゆくなったよ。
そんなこんなで、プレビューにも弱点があります。油断するととんでもないものを見る羽目に、いや、こんなのは本当にレアケースですけどね。
楽譜は、Delcamp.net所蔵のMatteo CARCASSI “Etude opus 60 no10”。
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