マイキーボードを持ち歩く人がいることは、以前から少しは伝え聞いていたけれど、僕自身はそこまでキーボードに凝るつもりはなかったのです。コンピュータを自宅外で使うことが、ほとんどなかった時分はなおさら。徐々にコンピュータが職場に入り始めた当初も、それほどコンピュータの前に座っているわけではなかったので、マイキーボードなんて考えもしませんでした。
ですが、コンピュータに対する比重が増大するに従って、キーボードに向かう時間もどんどん増えていきます。ほぼ一日をキーボードパンチャーとして過ごすようになって、自分の気に入りのキーボードを持ちたいと思い始めたのでした。というのも、行った先でMacintoshに触れ、Windows機を操作するというマルチOS環境下では、打鍵間違いも増える一方。MacintoshとWindowsのキーボードショートカットのちょっとした違いは打鍵違いを頻発させ、ストレスも比例して高まります。それに、さらなる打鍵間違いを誘う要素がありました。それは、iBookのキーボード交換問題です。
iBookのキーボード交換問題とは、iBook標準のJIS配列キーボードから、使い慣れたUSキーボードに換装するプログラムが一向に始まらないというものです。しかし、本体とキーボードの色が違ってもいいというなら、独自でキーボード交換を行っているショップもあります。いずれにせよ、僕はこのサービスをうけたいと考えているのです。
そうなれば、キーボードの配列が違うことに起因するトラブルが、再び頻発するということです。JISキーボードとUSキーボードは、基本となるアルファベットの配列こそ同じでも、記号の類いは異なった場所に配列されているのです。JISの開き括弧は「8」なのに、USの開き括弧は「9」にあります。伴って、閉じ括弧もひとつずれることになり、これが間違いの種。JISに慣れたという現在にいたっても、未だに括弧を閉じようとして、数字の「0」を打ってしまう始末なのです。
自分のコンピューティング環境であるiBookともなれば、妥協せず好きなキー配列で操作したいというのが人情でしょう。しかし、iBookがUSキーボード化すれば、いずれ職場のJISキーボード環境に影響を及ぼすこと必至です。括弧で間違え、引用符で間違え、鍵括弧で間違え、コロン・セミコロンでも間違える。こんなことが続けば、能率、効率の面でも問題ですし、なによりストレスがたまるに違いありません。
これを避けるには、US配列のマイキーボードを持ち運ぶしかない。そういう結論になりました。
マイキーボードというからには、さまざまなOS環境に対応できるものでなければ意味がありません。Windows機には繋がるがMacintoshには繋がらないでは、マイキーボードとはいえません。両方のOSを使っている以上、両対応である必然性があるのです。
Macintosh、Windows両対応のキーボード。僕には、当てがありました。PFUがリリースしているHappy Hacking Keyboardです。
Happy Hacking Keyboardは、プログラマが必要とするキーだけにしぼり、その他の無駄な要素を排除した、ストイックなキーボードです。無駄がそぎ落とされているだけに、そのサイズはコンパクト。しかしながら、必要な要素はすべて盛り込まれているという、質実剛健さが売りとなっています。さらに、無駄な力を必要としないキーの軽さを実現しながら、しっかりとしたクリック感があると定評があり、キータッチこだわり派にも人気の逸品なのです。
かつての、WindowsとMacintoshでキーボードコネクタが異なっていた時代から、両対応を謳っていたこのキーボード。はじめてMACLIFE誌でレビューを見たときは、その思想に憧れたものでした。当時はまだ高価で、手も出しにくかったのですが、現在では低廉のUSBモデルもリリースされ買いやすくなっています。さらにUSBならば、Macintosh、Windows問わず簡単に接続できるだろうと、気分は既に購入したも同然でした。ところが……
新しくリリースされたMacintosh G4。Macintoshのフラッグシップであるだけあって、スペックのみならずそのスタイルも洗練されています。渋い銀色のボディーは無駄なスイッチが極力排除され、サイバーな感覚が充ち満ちています。DVD-ROMドライブもボディ内にきっちり収納され、その存在を隠すかのようにデザインの一要素として収まっているのです。
で、そのDVD-ROMドライブ。本体のどこを見ても、イジェクトボタンがありません。本体にあるのはパワーオンキーとリセットスイッチくらい。では、どうやってDVD-ROMのトレイを引きだせばよいのでしょうか?
それは、キーボードに用意されていました。キーボード右奥すみのキーには、見慣れたイジェクトマークがプリントされています。これを押すと、ハードウェア的にではなく、ソフトウェア的にドライブトレイがせり出してくるという仕掛けなのです。スタイリッシュなMacintoshならではの工夫といえましょう。はじめてのイジェクトは、感動的であったと告白しなければならないほどでした。使い勝手からすれば、正直不便なのですが……
このキーボードからのイジェクトがすべてを決定しました。さすがのHappy Hacking Keyboardにもイジェクトキーはありません! キーボードにこだわるあまり、DVD-ROMドライブを利用できないではそもそも困ります。イジェクトのためだけに、使いもしないキーボードを繋げておくのもナンセンス。このような理由で、マイキーボードの夢は潰えたのでした。
まさかMacintoshに伏兵が潜んでいたとは。実に複雑な気分、痛恨の極みです。