かつて星原と天羽は互いを親友と認めあった仲であった。天羽は星原を「百合」と呼び捨てに、星原は、ちょうど鵜野杜がそうしているように、天羽のことを「碧ちゃん」と呼んでいた。その関係が失われたのは、一年前の事件と星原の入れ替わりが発端となった仲違いからであり、以降ふたりは名前ではなく名字で呼びあっている。
だが疑問は、現実界におけるクライマックスでのふたりの呼びかけあいだ。天羽が星原を、友人としてそう呼んでいたように「百合」と呼ぶのは自然であり、わかる。だが現在の星原は一年前の百合とは別人である。その、あくまで百合とは異なる存在である星原が、天羽の危機に際し彼女の名を「碧ちゃん」と呼んだ。それは一体なぜなのだろうか。
星原と天羽の関係は表面に現れている以上に複雑である。今一度確認してみよう。
星原、天羽に弓倉(亜希子)を加えた三人は良好な友人関係を築いていたものの、ある事件が切っ掛けで仲たがいをし、その修復は今なおなされていない。これが学内においての評価である。特に仲の良かった星原と天羽の変化には周囲も戸惑いを見せ、これに起因するさまざまな噂が生まれることにもなった。とりわけ星原に対してのそれは険悪であり、星原は一度死んで甦った、超能力を使う等、悪意ある噂が流布している。
しかし星原の噂はあながちはずれてはおらず、一面事実である。すなわち、絶望とともに事件の犯人を伴って屋上から飛び降りた星原百合と入れ替わるかたちで、第三者が星原百合の位置におさまっている。この入れ替わりの事実を悟らせないために彼女は周囲から友人達を遠ざけ、これが現在我々の知るところの星原である。そして本文書における主題は、あくまで本来の星原とは異なる現在の星原が、天羽碧に対してどうして「碧ちゃん」と呼びかけることにいたったのかというその理由である。
繰り返しになるが、現在の星原が天羽と友人関係を持っていたという事実はありえない。にもかかわらず、本来の星原がそうしていたように現在の星原が天羽の名を呼んだ。この動機を解明したい。
なお本文書においては煩雑さを避けるため、特に断らないかぎり本来の星原に対しては百合、現在の星原に対しては星原と記すこととする。
事件以後の星原に多く接してきた我々には、事件以前の百合の雰囲気にむしろ戸惑ってしまう。星原の有するイメージが淡々とした無表情無感情的なものであるのに対し、百合はむしろ甘えた感じの強い女の子然とした印象である。
この当時のふたりの関係を示す資料は多くない。星原の回想と、弓倉を加えた昨年の課外授業での写真、そして周囲の人間の証言である。
それら数少ない証拠から読み取れることは、天羽と百合が互いを姓ではなく名で呼びあっていたこと、ふたりともに今のような頑なさを持っていなかったことだろうか。特に写真に見える、笑みをともにふたり並んだ天羽、百合の姿は、非常に打ち解けてかつ近しかったことを雄弁に語るだろう。
百合は天羽とともに高校からの転入組であり、ともに同じクラスということもあってか親密の度合いを増した。それまで孤独だった百合は天羽と友人関係を結んだことを切っ掛けに明るさを得るにいたる。天羽と知りあう以前の百合の心境とその辛さは深く容易に計り知れない。だがそうであっただけに、友人を得てからの百合はより以上に仕合せを感じたのではないか。裏返せば、友人を持つことで居場所――安息を得ることのできた百合にとって、友人である天羽はかけがえのない存在であった。あるいはそれは、まわりの人間が思っていた以上であったかも知れないのである。
表向けには仲たがいしたと見做されている星原と天羽であるが、ふたりが互いを嫌いあっているという事実はない。むしろ天羽は天羽なりに星原の変化を心配し心を痛めているし、星原は星原で天羽を自らが介在することで生じた変化を天羽に押しつけていることにすまなく思ってさえいる。
星原は入れ替わりを周囲、特に天羽に悟らせないために、あえて無表情に振る舞っていたふしがある。本来星原の性格は活発で明るく共感力に富んだものである。星原の変化は、自ら消滅を選択するほどに重くあった二年前の事件が影を落としてかもしれない。しかし彼女の情動の豊かさは今もなお変わっておらず、折りにその片鱗を垣間見せている。気丈に内面に広がる感情を押し隠しながら、それでも感情はあふれ出る。
星原にとって天羽とは、百合の友人であったという過去の事実以上に重い存在であった。星原は持ち前の共感力により、――あるいはそんなものがなくとも気付いたろう、天羽の哀しみを知っていた。そしてその哀しみにひとり耐える天羽に強さを、大人びた横顔を見ていた。誰に対してよりも天羽に頑なであり続けたのは、星原が天羽を他の誰よりも身近に感じていた現れとはいえないか。
対して天羽にとって星原はどのような存在なのだろうか。
天羽は星原に記憶を封じられたために関係を修復する機会を失ってしまった。それからの天羽のうちにあった感情は困惑と哀しみであったのだろうが、しかしそれでも天羽は星原への思いを残し続けていた。再発した事件に、ただでさえよくなかった周囲の星原への悪意が深まった。そのことを誰よりも心痛の思いで受け止めたのは天羽だ。天羽は頑として星原の無実を信じ、星原の身の潔白を証明せんと奔走し、遂には自分が盾になってでも星原を守ろうとした。天羽にとって、星原はいかにその態度を変えようとも変わらず友人であった。
故に彼女らは、互いに支えとなったのではないだろうか。天羽、そして星原にとってはなお、事件以降の一年は孤立無援の辛い時間であった。天羽は心の片隅に星原を感じながら、星原は天羽を遠くに見つめながら、その頑なさを強さと考え、自らを支える力としたのではないか。遠く離れたように見え、ふたりは互いを自らに食い込む痛みとして、常にそばに居続けたのではないだろうか。
その意味において天羽にとって星原は今も変わらず親友であり続け、星原にとっても同じ――かつて百合であったがためではなく、星原であってもなお天羽を親友と感じたことだろう。
Lの季節とは星原百合をめぐる物語であるといっても差し支えないほどに、星原百合は重要な位置を占めている。
はじめに確認されるのは現実界に現れる現在の星原である。彼女はかつてもうひとつの世界――幻想界の人間であったが、ある事件を切っ掛けとして現実界にやって来た。本文書は、星原が天羽を「碧ちゃん」と呼ぶにいたった動機を解明しようとするものである。
次に現れる星原は、本文書では語られてこなかった幻想界におけるヒロイン、鈴科流水音である。彼女はかつて現実界における星原――、我々が百合と呼んできた星原であった。百合は事件を切っ掛けに飛び降りをはかり、星原によって魂を幻想界に転生させられた。鈴科流水音とは今ひとつの星原百合のあり方である。
鈴科流水音は明らかに星原百合であって、当然のことながら多くを星原百合から受け継いでいるのであるが、性格を大きく違えている。我々は鈴科流水音から百合をうかがい知ることができるものの、残念ながらそれは鈴科にとっては過去のことであり、懐かしく思いだしながらも現在の鈴科ではない。ちょうど星原にとって百合が身体と記憶を共有する他人であるように、鈴科にとっての百合は魂と記憶を共有する異なる人格であるといえる。
鈴科流水音から見ての過去の百合にあたるのが、天羽、弓倉と友人関係を持っていた星原百合である。我々は当時の彼女を鈴科や天羽たち、百合と関係の深い人物の回想から知ることができる。あるいは主人公、上岡の記憶に彼女を見つけることだろう。天羽を碧ちゃんと呼び、天羽にとって真実の百合であったのが、ここにあげた百合である。
最後に、過去の幻想界に暮した星原がいる。残念ながら私たちは彼女の名を知ることができず、わずかに知れる彼女も当時の彼女の友人の証言に上る断片的なものでしかない。呼ぶための名を知らない我々には、彼女を過去の星原、あるいは幻想界の星原と呼ぶ以外に手段がない。
このように星原百合は、世界と時間を隔ててさまざまな様態をとって現れてくる。そして重要なのは、それぞれの星原百合にとって他の星原百合は明らかに異なる主体として意識されていることだ。
第二章では、星原百合にとって星原百合とはどういう位置付けにあるかを確認する。なお呼称に関しては、前章で確認した通り、星原を現実界における現在の星原百合、百合を現実界における過去の星原百合とする。加えて鈴科流水音は幻想界における現在の星原百合であり、幻想界における過去の星原は過去の星原あるいは幻想界の星原と呼ぶ以外にないことは既に述べた通りである。
現実界における現在の星原百合は、意識的に幻想界と現実界を横断したという意味で、重要な存在である。百合を幻想界に送ったのはほかならぬ星原であり、幻想界の星原は星原の過去そのものである。複数の人格が織り込まれる星原百合の状況を、最も把握しているのが彼女である。
星原と百合が直接に出会ったのは、校舎屋上から飛び降りた百合を幻想界へ送った、そのただ一度だけである。その時の模様は詳しく語られていないものの、星原が百合の心理状況をよく理解していたことがうかがえる。星原が百合の心情を知ることができたのは、彼女の特殊能力によるものと考えるのが自然であろう。
百合と入れ替わるかたちで現実界に降り立った星原であるが、彼女にとって百合とはまったく別の人格であり、性格も大きく異なっている。引っ込み思案で内気な百合に対し、星原の性格は明るく活発であった。また天羽と友人関係を結び明るくなったという百合にしても、我々の知る星原とはあまりに違っていると感じられる。
こうした百合に対する異質性を星原も感じている。これは彼女が百合にについていうときに必ず「彼女」という呼び方をすることからも伺い知ることができ、星原が、百合とは異なるということを前提に自分を現実界における現在の星原百合であると意識していることは、星原自身も明らかにしているところである。
出会い、共感しながらも、すれ違うように別れた星原と百合の関係は悲しい。あくまでも星原にとって百合は別人格を持つ他者であり、彼女を百合に結びつけるものは、いまや百合の身体に残された過去の記憶でしかない。ならば、事件以後の百合――鈴科流水音と星原にはどのようなつながりが見られるだろうか。
現実界に降り立った星原にとって、過去自分の暮らしていた幻想界とは、もはや立ち帰ることもできないほど遠い世界となってしまった。自死を選んだ百合は、その遠い世界に鈴科流水音として生活している。しかし星原は、新しい百合についておぼろげに知るに過ぎない。具体的に鈴科流水音を知るわけではないのである。こうした関係は鈴科流水音にしても同じであり、おそらく彼女は星原を知らない。いや、鈴科流水音はそもそも星原の存在さえ知らないはずだ。
星原と鈴科流水音の関係は、このように希薄なものにとどまっている。星原が幻想界の百合に思いをはせるとしても、それは一方通行でしかない。鈴科流水音が百合を思うことはあっても、星原を思うことはないのであるから。
幻想界における過去の星原は、現実界の現在の星原自身にほかならない。しかし過去の星原に関する証言は少なく、かろうじて彼女の友人の回想に断片的に見られるだけだ。だがそこから知れる彼女は、我々のよく知る星原と違っているように感じられる。
過去の星原が明るく活発であったことはすでに述べた。対して現在の星原からは内向性や消極性が強く感じられる。星原と過去の星原に違いがあるとすれば、この印象の差が大きいだろう。積極性をもって快活な過去の星原と内にこもりがちな星原――確かに現在の星原は自分の感情を押し殺しているかのように感じられる。しかしそれは星原の真実なのであろうか。
星原には自分の本当に思っていることとは別のことを答える傾向があり、また必要以上を話さないことで内心を隠している。こうした星原の姿勢からは、星原が心を閉ざし自己の内面を隠すことで自分自身を守ろうとしているように見えたとしても不思議ではない。星原が内向的であるという見方の根拠はおおむねこうしたところにあるのだろう。しかしそれは一面的な理解であり、むしろ誤解である。星原の真実はまるで異なっている。
星原の秘密主義めいた態度には、星原なりの理由があった。上岡の触媒となる訳にはいかない
という謎めいた言い方ではあるが、その真意は後に上岡により説明されている。再び事件の起こることを予測し、いかに対処し解決するか。それのみを問題に過ごされた星原の一年を考えると、そこに消極的という印象は消え去ってしまう。また星原の沈黙は事件に関係しない者を守るためでもあった。自ら矢面に立ちすべてを引き受けることで、この世界のすべてを守ろうとした星原が内向しているなどと、いったい誰がいえるだろうか。星原こそは、誰にもまして前向きに事件に関わり、そしてその困難な事件を乗り越えようという意志にあふれていたのである。
星原にとっては、一連の事件こそがすべてであったのかも知れない。かつて暮らした世界を捨てるきっかけはこの事件のためであった。そして今再び事件に巻き込まれていく星原――しかし彼女は決して背を向けようとはしないのである。星原の姿勢からは、失われた過去への思いを乗り越えようとする決意が感じられる。過去の自分を克服しようとするかのようにも見えて、すなわち星原にとって過去の星原とは、かつて悔いとともに捨て去ろうとした弱い自分であり、そして再び起こされた事件を通じ乗り越えられるべき存在なのである。
このように星原は前向きな性質を今もなお残している。もし彼女に過去の星原との違いが見られるとすれば、それこそ過去の事件を通じて受けた心の痛みのために他ならず、今の彼女を支配する憂いのためであろう。しかし星原の奥底には、今も過去の星原に変わらぬ明るさ、活発さがあるはずである。星原の憂いが取り除かれた先に、再び明るさが取り戻されることを願ってやまない。
以上私たちは、天羽碧と星原百合ふたりの関係、そして多様なあり方を見せる星原百合の相互の関係を確認してきた。我々の知る星原百合とは、一年前の事件をきっかけにこの世界にやってきた幻想界の住人であり、天羽の友人であった星原百合とはまったくの別人である。それはすなわち現在の星原百合と天羽碧が、友人としての関係を、直接に結んだことがないということを意味していた。
ここで改めて最初の問に立ち返ることとしよう。なぜ星原は天羽の名を呼んだのか。天羽と友人関係を持たず、またそのことを誰よりもよく知っているはずの星原が、天羽の危機を目前として、本来の星原同様に天羽を名で呼んだ。その事実は、いったいなにを語ろうというのか。その時、星原の内面ではなにが起こっていたというのか。
第三章では、星原百合が天羽碧の名を呼ぶにいたったその理由について考察する。鍵となるのは、星原百合の持つ星原百合の記憶である。本文書におけるルール、本来の星原に対しては百合、現在の星原に対しては星原と呼ぶ、を今一度確認しておこう。星原の持つ百合の記憶について考えること、星原が百合の記憶にどのような関わりを持ち、そしてどのようにそれを扱っているか理解することは、星原が天羽の名を呼ぶにいたったわけを知るための見地を与えてくれるはずだ。
星原の身体に百合の記憶が残されている、そのことはすでに確認したとおりである。星原にとって百合は、たとえその記憶をすべてその身のうちに残しているといっても、実のところ別人に他ならず、そしてそのことは星原自身が最も強く意識している。しかしこれは、にわかには信じがたいことである。というのも、その記憶とは、ほかならぬ自分自身のものとしている身体に残る記憶であり、つまりは自分自身の記憶に同じといってもよいくらいに近しいものであるはずだからだ。にもかかわらず星原は、記憶を共有する百合を他人と意識せざるを得ない。その理由については、どのようにして百合の記憶が残り、そして星原がどのように取り扱っているかを知ることで、理解することができるだろう。
星原の中に残る百合の記憶。星原の証言によれば、それはすべて彼女の中にあり、星原は必要に応じ百合の記憶にアクセスすることで、自分の知りえない情報を引き出している。しかし、一見普通と思えるこの行為が、実際にはおおよそ我々の思い描くそれとは異なっているということが重要である。星原による短い証言には、星原の持つ百合の記憶のありかたが雄弁に物語られている。確認してみよう。星原は『力』を使い、自分の内側に秘められた、かすかな記憶を探る
。そう、星原は我々が通常おこなうように思い出すのではなく、彼女の持つ『力』によって百合の記憶にアクセスしているのだ。星原の『力』とは、意識を接続することでなされる、他者の意識の操作であった。彼女は百合の記憶を探るに際し、その『力』を行使している。このことは、星原にとって百合の記憶が、他者のそれとして認識されていることを示している。すなわち百合の記憶とは、自身の記憶のように思い出されるものではなく、『力』を使いアクセスしなければならないもの――まったくの他人の記憶でしかないのである。
星原にとっての百合の記憶、それはまた異なる局面で垣間見られる。音楽室でピアノを弾こうとする星原に関する上岡の証言である。それによれば、ピアノを習っていた
はずの星原は、記憶に残っていた曲を、弾いてみようと
思いながらもピアノが弾けない
でいた。星原にとって百合の記憶とは、他者のそれにほかならないことはすでに確認した。星原は、百合の記憶するメロディを確認し、知覚しながらも、その記憶を自身のもの――経験として持たないがゆえに、ピアノで再現できないのである。
この事実は非常に興味深い。なぜなら、幻想界の百合――鈴科流水音は変わらずピアノを弾くことができるからだ。身体を現実界に置いていった流水音は、今もなおピアノを弾くことが可能だ。それは記憶ないし経験が、身体だけでなく心(魂)にも残ることを意味するかも知れない。だとすると星原の上岡に対しなされた問い掛け、精神を機能とすると、構造は何ですか?
その答えには心こそがふさわしいように思える。百合の記憶をうちに残しながら別人格を保っている星原を見るかぎり、機能としての精神は、脳の持つ記憶とは別に存在していると考えるほうが自然だ。また、身体——脳を現実界に置いていった鈴科流水音、彼女についても同様のことがいえる。記憶こそは一部を欠落させているが、彼女はその精神をよく保持している。
星原と百合、彼女らが世界を渡った時に所有していたもの、それは心ひとつに過ぎなかった。そんな彼女らは、過去の、異世界に暮らしていた時の記憶をよく残している。これは記憶が心にも残るということの証拠であり、そして今も息づく精神にとってより近しくある記憶とは、身体に残るそれではなく、まさしく心の記憶であることを物語っている。
星原にとって百合の記憶は、他人のものといってもいいほどに疎遠なものであった。星原が百合の記憶に触れる際には『力』を用いる必要があり、その事実は、星原が天羽を名で呼んだことに対する疑問をより一層に深める結果にも繋がりかねない。天羽の危機に際し、とっさに口をついて発せられた言葉は、日頃彼女をそのように呼んでいる「天羽さん」ではなく、「碧ちゃん」であった。これはなにを意味するのか。星原は、天羽が星原に対しそうしていたように、本人を前にした時には姓で、そうでない場合には名で呼んでいたとでもいうのだろうか。あるいは、他に理由があるのだろうか。
可能性のひとつとして、星原の天羽に対する距離感が、我々の想像する以上に近しかったことを想像することができるだろう。星原が、現実界に暮らす上で必要な知識を、百合の記憶から引き出していることは充分に考えられることである。実際に星原は友人の妹に関する知識を百合の記憶から探り出していた。そして星原は、その情報を単なる知識としてではなく、自身の経験、実感として引き寄せるようにして扱っていた。星原は、百合の記憶へのアクセスを繰り返すことで、それを自分の過去に経験し感じたこととして受け取るようになっていったのではないか。自分の心に引き寄せて感じることで、それを自分自身のものに変えていったのではないだろうか。
あるいはそれ以上であったのかも知れない。我々は、星原が危機におちいった際、星原によって発された矛盾をはらむ発言を聞いている。天羽に対するものではない。星原の、自分自身について発した言葉、そこに矛盾があった。
「私も……上岡さん、好き……」
「今度は……ちゃんと……言えた」
これは、星原と百合、いったいどちらの思いなのだろうか。現実界に暮らしていた百合の一年前の悔い? それとも幻想界に暮らした過去の星原の二年前の悔い?
これを知る手がかりは幻想界での二年前の出来事である。二年前、幻想界に暮らしていた星原は、そこで起こった事件に関係する人物、霧城昂に恋愛感情を持っていた。幻想界の過去の星原は、この事件をきっかけとして、自分の生まれ育った世界を捨て、ここ現実界にくることとなった。そして再び起こるだろう事件を予測し、はたして星原の予測したとおり今まさに事件は起こった。この幾度となく繰り返される事件の渦中、星原の悔いが晴らされた。その瞬間に発せられた言葉、そこに矛盾がある。なぜなら、幻想界の過去の星原はちゃんと告白しているのである。
告白することのできなかったという悔い、これが幻想界の星原のものでないのは、以上のことからも明らかだ。だとすれば、誰の悔いが星原にあのような言葉を発させたというのか――。百合以外に誰がいよう。星原は、自身の危機に際し、他でもない百合の残した悔いを晴らしたのである。
記憶が混濁している。そしてここに我々は、星原と百合の記憶が統合される可能性を見ることができる。記憶の混濁が起こった理由については、残念ながらわからないと答えるほかないが、先ほど仮定してみたように、星原が百合の記憶にアクセスするたびに、少しずつ自分の記憶と混同させていったのかも知れないし、今や自分の身体としている百合が持つ身体の記憶が、星原の心の記憶に徐々に混ざり込んでいるのかも知れない。あるいは、自身の『力』を全開にして危機に挑む星原に対し、百合の記憶が開かれた状態になっている、等々、いろいろ仮説を立てることは可能だろう。しかし、その原因がどのようなものであれ、星原と百合の記憶がひとつになろうとしている、その事実を無視することはできない。
星原は、自分について問われるたびに星原百合であると答えてきた。それは、星原一流のこの世界の人間として生きようという決意の表れであり、名前こそが自分であるという考えによるものであるかも知れない。しかし星原はこうもいっている。
「彼女は、その世界で別の姿となり生活しているはずです。でも、それまでの彼女の記憶は、全て私の中にあります。
「今は、私が星原百合です」
星原は、ただ星原百合という名を身体を引き継いだから、自分を星原百合といっているのではない。星原は名前を継ぎ、そして記憶をも引き継ぐことで、自身を星原百合としてみなしている。それはいみじくも上岡がいうように、星原百合という歴史を背負おうことに他ならず、幻想界の住人であった星原は、その心を持ったまま、星原百合に重なり合おうというのだ。そしてそれは、彼女が星原百合を演じようということを意味しない。星原は変わらず星原であり、そして同時に百合でもある。星原百合のいた場所、そこに星原は新たな居場所を見付け、星原百合という人生の延長上に、星原百合として生きる。その星原百合とは、星原のみではあり得ず、また百合だけでもあり得ず、星原であり百合、百合であり星原、名実ともにふたりの人生が混交した、そのような存在である。ゆえに、天羽を碧ちゃんと呼んだ星原、彼女もまた真性の星原百合に違わない。天羽や弓倉、鵜野杜のよき友人であった百合――、彼女はその心を別世界に移してなお、この世界に存在し続けている。
東由利、さやか、井ノ上、川鍋らから多数の証言を容易に入手できる。
Real 33-2「過去と秘密(2)」
結局……今の星原は……1年前、絶望に暮れる前の星原の魂を、違う世界へと送る事で、自らが悲劇の淵に立ち、天羽の記憶を操作する事によって仲たがいし、結果として、1年後、自分が犯人だと噂されるようになってしまったのだ。
Real 33-2「過去と秘密(2)」
星原の証言:
「私としても、それは好都合でした。彼女と親密な関係になれば、彼女は私の……星原百合の変化に気づいたでしょう。
「それは避けなければなりませんでした。私は、あえて冷たい態度を取り続けました。親友が突然よそよそしくなったのです。
Real 11-1「屋上にて」
上岡の証言:
「星原と話をしている間、上岡には気になっている事があった。星原のしゃべり方である。
ていねいな敬語……というよりも、英語教科書に載っている和訳文みたいに、どこか不自然だった。
Real 13-3「他人と友人」
上岡の証言:
「人工的とも言える、抑揚のない星原の口調は感情というものをほとんど感じさせなかった。」
Real 33-2「過去と秘密(2)」
天羽「私、百合の恋愛は応援するけど……上岡君だけはダメ! よく聞いて、彼は事件の犯人なの!」
星原「碧ちゃん、何、言ってるの……?」
天羽「嘘じゃないわ! 私、見たんだから!」
星原「あれ、もしかして、碧ちゃん、妬いているの?」
いたずらっぽく聞く星原に対して、天羽は真剣なまなざしで言い返す。
川鍋の記事に用いられた天羽、百合、弓倉三人の写真は、Real 07-1「幻惑(1)」或いはReal 15-2「亜希子と下校」で見ることが出来る。
「天羽、星原との接点は?」、特に注2、注3を参照
Fantasy 07-1「楽園への道」
桐生「……なあ、前々から聞こうと思ってたんだが、お前、どうして俺におせっかいを焼きたがるんだ……?」
鈴科「そりゃあんたがみんなから浮いて見えるし、独りなのはかわいそう……て」
桐生「かわいそう……?」
鈴科「ど、同情してる訳じゃないよ。
ただ、たださ、居場所がない辛さはあたしも判ってるつもりだし……、
「それに、あたし自身、誰とでも仲良くしていたいから、さ……」
この対話に現れる鈴科流水音こそは、幻想界に送られた星原百合の魂にほかならない。
Real 20-1「何の為に取るか?」
上岡が星原に視線を戻すと、彼女は犬のぬいぐるみを、胸の下で軽く抱きかかえていた。
犬のとぼけた視線は、まっすぐに上岡に向かっている。
星原も上岡を見つめながら、かすかに笑みを浮かべていた。
星原「あの……」
上岡「ん……何?」
星原「……ありがとう」
上岡「……うん」
星原「大切に……します」
上岡「そんなに大したものじゃないけど……」
星原「大切にします」
彼女の言葉からは、感謝の気持ちがありありと伝わった。上岡は一瞬驚いたが、やがて、彼女と見つめ合っていることに気づき、少し慌てる。
Real 24-1「内側にある世界」
上岡「……ごめん。君が普通じゃないって事じゃない。ただ、君はどうして冷静だったのかが、知りたいだけなんだ」
星原「私だって……」
星原は、一瞬、いつもの無表情ではなく、なにか怒りと、哀しさが入り混じったような複雑な顔つきをしたが、すぐにいつもの口調に戻って言った。
星原「いえ……。私に見えていたものは、上岡さんが見ていたものと、違うから……ただ、それだけです」
Real 30-3「『力』」
うつむいていた星原が顔を上げた。目元に涙をうっすらと溜めていた。星原は、ぼうっとしている上岡の顔を、痛いほどまっすぐな視線で見つめると言った。
星原「上岡さん、『僕が犯人で良かった』って思っていましたね」
Real 33-2「過去と秘密(2)」
星原の証言:
「それは避けなければなりませんでした。私は、あえて冷たい態度を取り続けました。親友が突然よそよそしくなったのです。
「それも理由も判らず。彼女の困惑と哀しみが痛いほど伝わってきました……でも私にはそうするより他はありませんでした」
Real 36-3「たったひとこまの出来事」
星原「天羽さん……ごめんなさい……」
天羽「ばかね……なんで、謝るのよ……」
星原百合は……自分の胸に顔を埋めて泣きじゃくる天羽を、両手で優しく包み込んだ。
子供のよう……。
星原は天羽に対して、初めてそう思った。
そして、自分自身の目からも、熱い涙が流れていくのに気づいた。
天羽同様に友人であり同様現在は距離を置いている弓倉には、星原は天羽に対するほどの頑なさを見せていない。
ドラマCD「LOVEの季節?」における現在の星原の友人関係も参照
Real 33-2「過去と秘密(2)」
星原「天羽さんの記憶は凍結させました。
彼女は1年前に上岡さんの犯行を見たことを、覚えていません」上岡「なぜ? ……そんな事を……」
星原「知っていても、辛いだけだから……でも、結果的に、彼女にはもっと辛い思いをさせることになりました」
Real 33-2「過去と秘密(2)」
星原の証言:
「彼女の記憶から、上岡さんに関する情報は消えましたが、直前に星原百合とケンカになったという記憶は残っていました。
「しかしそれはあいまいな記憶…彼女は謝りたいと思ったようですが、原因も判らないのではなかなか言い出せずにいました。
Real 23-1「それぞれの世界」
天羽「百合……」
驚いた様子で、天羽がつぶやく。彼女が星原を名前で呼んだ事に、上岡は違和感を覚えたが、絶好のチャンスが到来したと思った。
彼女には悪いが、星原との間に何があったのかを探るチャンスだ……。
星原が読んでいるのは、昆虫図鑑……だろうか?
様々な種類のトンボが載っているカラーページが開かれている。そんなところが、天羽とのつながりを感じさせるのだが、無表情の星原の顔からは、何も感じ取る事ができない。
天羽「……星原さん!!」
星原「………………」
天羽が、今度は名前ではなく、名字で星原を呼ぶと、彼女はまるで人形のような動きで頭を上げ、天羽をじっと見つめた。
Real 33-2「過去と秘密(2)」
星原の証言:
「彼女の心は、この世界にあっては永遠に安らぎを得られない。私は、彼女の心を私がやってきた世界に送りました。
Real 26-1「停滞」
東由利の証言:
転入生だった星原は、最初人づき合いが悪かったが、同じ転入組の天羽と友人になり、見違えるほど明るくなった。
しかし……今から1年前、なぜか天羽と衝突した星原は、再び自分の殻に閉じこもるようになる。そして、その直後、屋上から飛び降りたという噂が立った……。
Fantasy 17-5「回想」
氷狩の証言:
その少女は1年生の頃からの彼女の同級生で、当時の氷狩に比べれば明るく活発で何かと引込み思案な彼女をリードしてくれる存在であった。3年間を同窓で過ごすうちに、氷狩はその少女を通して他の同級生や先生……彼女の世界(=学園)を構成するあらゆるものを見聞きするようになっていた。
証言中の少女が、幻想界における過去の星原である。
Real 33-2「過去と秘密(2)」
誰もいなくなった教室。夕方だろうか? 星原の前には天羽が立っている。
天羽「私、百合の恋愛は応援するけど……上岡君だけはダメ! よく聞いて、彼は事件の犯人なの!」
星原「碧ちゃん、何、言ってるの……?」
天羽「嘘じゃないわ! 私、見たんだから!」
星原「あれ、もしかして、碧ちゃん、妬いているの?」
いたずらっぽく聞く星原に対して、天羽は真剣なまなざしで言い返す。
天羽「冗談じゃないのよ! 本当なの! 屋上だったわ。彼が弓倉さんの後ろから近寄っていったと思ったら、彼女、急に倒れて」
星原「なんで……そんな嘘を言うのよ……なぜ、私をいじめるの……」
天羽「よく聞いて! 私が百合をいじめた事なんてある? これは本当なのよ!」
星原「嘘よ! 絶対に嘘!」
天羽「もういいわ! 勝手にすれば!? 百合が直接、確かめてみたらいいんだわ!!」
次の瞬間、星原は駆け出していた。
我々が一年前の星原をかいま見ることができるのは、今や星原の記憶を再生するこの一シーンのみである。
Real 33-2「過去と秘密(2)」
上岡の証言:
「ちょっと待って星原さん、さっきから『彼女は』って言っているけど、どうして、そんな他人みたいな言い方するんだ?」
Real 33-2「過去と秘密(2)」
星原の証言:
「今は、私が星原百合です」
Real 33-2「過去と秘密(2)」
星原の証言:
「彼女は、その世界で別の姿となり生活しているはずです。でも、それまでの彼女の記憶は、全て私の中にあります。
Real 33-2「過去と秘密(2)」
星原の証言:
「彼女は、その世界で別の姿となり生活しているはずです。でも、それまでの彼女の記憶は、全て私の中にあります。
強調は筆者による。
鈴科による星原への言及はない。
Fantasy 17-5「回想」
氷狩の証言:
その少女は1年生の頃からの彼女の同級生で、当時の氷狩に比べれば明るく活発で何かと引込み思案な彼女をリードしてくれる存在であった。3年間を同窓で過ごすうちに、氷狩はその少女を通して他の同級生や先生……彼女の世界(=学園)を構成するあらゆるものを見聞きするようになっていた。
普段感情を隠している星原に関しては註「淡々とした無表情無感情的なもの」を、隠された感情の発露については註「その片鱗を垣間見せている」を参照。
Real 20-1「何の為に取るか?」
星原は、ケースの中にいるデフォルメされた人形達が、自分が元いた『あっちの世界』の生き物達と似ていると思っていた。
ゴーレム、リザードマン、スケルトン……それらは、『こっちの世界』ではファンタジーとして描かれている。
どうして『こっちの世界』の人間に、それらが想像可能だったのか、星原には不思議だった。
……私みたいに、以前にも『こっちの世界』に来た人がいて、その人が広めたのだろうか……。
上岡「星原さん!」
星原「上岡さん……」
上岡「どうしたの?
クレーンゲームなんか見ちゃって……」星原「別に……」
上岡「どれか欲しい物があるとか?」
星原「あの犬を見ていただけです」
Real 24-1「内側にある世界」
星原の証言:
「いえ……。私に見えていたものは、上岡さんが見ていたものと、違うから……ただ、それだけです」
Real 29「目覚めない目覚め」
星原の証言:
星原は、別段驚く様子でもなかったが、その表情に、かすかな哀しみが混じるのを上岡は感じた。しかし、上岡は知りたいという欲求を押さえることはできなかった。星原の顔を見つめ、彼女の言葉を待った。
星原「私は、上岡さんの触媒となる訳にはいかないのです。今は何も言えません」
Real 35「果て無き瞬間の施錠と僕の後悔」
上岡の証言:
上岡「星原さんは、僕がトリスメギストスと同じ……いやもしかしたら、それ以上の『力』を持っている事を知っていたんだ……」
「僕に、自分で自分の『力』に目覚めて欲しかったんだろう」
Real 35「果て無き瞬間の施錠と僕の後悔」
上岡の証言:
そうだ……。
彼女は、1年前から、この日の来る事を予測し、上岡の目覚めを待ちながら、1人で全てを背負い、トリスメギストスとの対決に備えていたのだ。
Real 34-2「開く扉」
星原の証言:
「上岡さんも天羽さんも、この世界で暮らす普通の人なのよ! なぜ、こんなひどい事を……」
Real 34-2「開く扉」
星原の証言:
「私も……あなたを倒したら……この世界の人間に……」
星原が、事件の解決した将来を見越していたことがうかがえる。
Real 33-2「過去と秘密(2)」
星原の証言:
「彼女は、その世界で別の姿となり生活しているはずです。でも、それまでの彼女の記憶は、全て私の中にあります。
第二章第一節第一項「星原と百合の関係」を参照
Real 49-2「さやかを探せ/校舎内編」
星原の証言:
「それなのに……また事件? さやか?
星原は『力』を使い、自分の内側に秘められた、かすかな記憶を探る。」
Real 28-1「噂」
「待てよ……。
上岡の頭に疑問が浮かぶ。
井之上の話では、確か星原さんはピアノを習っていたのではなかったのか?
しかし、今の様子は、どう見ても素人だ。
弾けるはずのピアノが弾けない……一体、どういう事なんだろう?
単に、井之上の情報が間違っていただけなのか?
考え込む上岡を、星原はじっと見つめていた。
上岡「あ、ごめんね……いきなり、声かけて、驚かせちゃったね」
星原「…………」
上岡「……何か曲を弾こうとしてたの?」
星原「……いいえ……記憶に残っていた曲を、弾いてみようと思ったのですが……」
上岡「そう……邪魔しちゃったね。僕、もう行くから」
星原「………」
ピアノを弾けるはずの星原が、記憶に残っている曲を弾けない?
疑問は残ったが、ここで時間を取られる訳にはいかない。星原に『じゃあ、さよなら』と言うと、上岡は、音楽室を出て、部室に向かった。
Real 30-3「『力』」
星原「精神を機能とすると、構造は何ですか?」
上岡「え? な、何? 何を言ってるんだ」
星原「考えて、答えてください!」
上岡「……構造は……脳かな?」
星原の証言:
「それなのに……また事件? さやか?
星原は『力』を使い、自分の内側に秘められた、かすかな記憶を探る。」
星原の証言:
星原「あいかわらずね……私も、心配していたけれど、さやかちゃんに何もなくて良かったわ」
星原は、優しい表情で、弓倉とさやかを見つめていた。
Real 34-2「開く扉」
星原の証言:
「私も……上岡さん、好き……」
「今度は……ちゃんと……言えた」
Fantasy 17-5「回想」
氷狩の証言:
……2年前、霧城昂が魔水晶の力に魅入られて事件を引き起こした時、氷狩吹雪は中等部の3年に在学していた。
[中略]
あるとき、氷狩は少女からの告白を受ける。少女は高等部のある男子生徒……霧城昂に想いを寄せるようになっていたのだ。
証言中の少女が、幻想界における過去の星原である。
Real 35「果て無き瞬間の施錠と僕の後悔」
上岡の証言:
そうだ……。
彼女は、1年前から、この日の来る事を予測し、上岡の目覚めを待ちながら、1人で全てを背負い、トリスメギストスとの対決に備えていたのだ。
Fantasy 17-5「回想」
氷狩は少女に、霧城昂に告白するよう奨める。始め、氷狩の言葉にちゅうちょしていた少女だったが友人のいつになく熱心な言葉に動かされ、ついに告白する事を決意する。
[中略]
その翌日、屋上に霧城昂を呼び出した少女は思い切ってその心中を告白する。だが、霧城昂から返されたのは、好意を受け止める暖かな言葉ではなく、つめたく硬質な、あざ笑う声だった。
Real 33-2「過去と秘密(2)」
上岡「……君はなぜ、いろいろな事を知っているんだ? ……君は一体……誰なんだ?」
星原は表情を変えずに、いつもの口調で言った。
星原「……ほしはらゆり……」
Real 34-2「開く扉」
星原の証言:
「私も……あなたを倒したら……この世界の人間に……」
Real 37-3「何が僕達をつなぎとめるのか?」
星原の証言:
星原「いいえ、どうでもよくありません。人の名前は、単なる固有名詞以上の意味を持っています……名前が、私なんです……」
Real 33-2「過去と秘密(2)」
星原の証言:
「彼女は、その世界で別の姿となり生活しているはずです。でも、それまでの彼女の記憶は、全て私の中にあります。
「今は、私が星原百合です」
Real 37-3「何が僕達をつなぎとめるのか?」
星原の証言:
名前が、私? 名前だけでなく、心も体も、その全てが星原さんだ……いや、しかし……
確かに、人を構成するもので、産まれてから変わらないのは名前だけだ。心も体も、時とともに変化していく。しかし、中には、自ら名前を捨てる事を選び、他人を装って生活するという生き方もあるだろう。その極端な例が、星原百合だ。彼女は、以前の名前を捨て、星原百合という歴史を背負っているのだ。
名前が私……。