天羽と星原の友情とその決裂が軸になって語られる物語の中で、ともすれば忘れられがちになるのは、天羽と星原の共通の友人であった弓倉の存在である。物語中でも弓倉が天羽の友人であったことは明確に語られているし、それを示す証拠としての写真さえある。しかし弓倉は天羽、星原とどういう経緯で友人となったのであろうか。
弓倉が天羽と同じクラスになったのは今年度が初めてだ。昨年度、弓倉は1-B、天羽、星原のクラスは1-A。さらに天羽、星原が高等部からの転入生だったことは、弓倉の天羽、星原との出会いが昨年度、クラス外でのことだったことを示している。
弓倉と天羽は少なくとも昨年の課外授業の時点で友人関係を結んでいた。この写真が川鍋の取材の過程で撮られたこと、弓倉が天羽の記事を好きだということから、弓倉が天羽を新聞のコラムで知り、それが出会いのきっかけとなった、という可能性を考えることも出来るが、昨年の課外授業以前に天羽は新聞部との関わりを持っていなかったため、あり得ない。また、部活動絡みということも、弓倉が部活をやっていないこと、天羽も昨年度は部活動をしていなかったことから、またあり得ない。
他に考えられる出会いの場としては、図書室を疑うことも出来るだろう。というのも、明らかに図書室に出入りしている人間の間に、独自のコミュニティができ上がっているからだ。鵜野杜と弓倉、星原、そして幾人かの図書委員は親しい関係を築き上げている。ここから察するに、弓倉が始めに友達になったのは、天羽ではなく、まず星原と、図書室において、であったのではないだろうか。
星原は弓倉の家に一度遊びに行ったことがある。その時に星原は弓倉の妹、さやかと出会っており、反対に天羽がさやかと面識がないということは、すなわち星原が弓倉の家に行った折りに、天羽はいっしょではなかったということを示している。
もちろんこれだけをとって、弓倉が天羽よりも星原と親しかったということは出来ない。しかし、天羽は少なくとも、星原も東由利も鵜野杜も、さらには井之上でさえも、知っているさやかを知らなかった。これは天羽が他人の私生活にことさら興味を持たない性格だとしても、そっけなさ過ぎるのではないだろうか。
とはいえ、弓倉が天羽とも親しかったこともまた事実だろう。天羽、弓倉ともに互いを友達と認めあっている。彼女らの出会いについては、それを具体的に示しうる証拠がないため推測の域を出ないが、恐らく図書室に出入りすることが多かっただろう天羽である。図書館に足繁く通う弓倉や星原、鵜野杜らと図書室において親密の度を増したのではないだろうか。特に、クラスも同じだった星原とは。
しかしそんな彼女らの関係に、去年の事件が影を落とした。
弓倉は天羽が「部活で忙しくなっ」たために「一緒に帰ったり、遊んだりすること」が減ったというが、その割には、部活で忙しい東由利とはいつも一緒。彼女の言葉には、少なからず建前も含まれているのだろう。
弓倉の去年の事件に関しての証言、妹さやかの、飛び降りの目撃証言が引き金となり、星原の悪い噂が流れたことに対する負い目。弓倉が意識を取り戻した前後に悪化した天羽と星原の関係。或いは天羽の蓋をされた記憶の中に、星原と仲違いしたことと弓倉を関連づけてしまうようななにかがあってのことだろうか……。
不意にさした影によって壊れてしまった。そう考えると彼女らの関係はあまりに哀しい。これらがきっかけとなって、弓倉は決して仲の悪くなかった東由利と急速に親密さの度合いを増し、天羽は他人に対し心を閉ざすかのように新聞部の活動にのめり込んでいった……
一年前の写真。天羽に強引に腕を取られている、弓倉のちょっと引っ込み思案の性格が見て取れてかわいい。
彼女らの壊れてしまった関係に、再び日が射すことはあるのだろうか。幸い、現在では弓倉は昨年の事件から、表面的には、立ち直って、天羽、星原とも友好的に接することが出来ている。彼女の、おっとりとした立ち居にひそむ優しさと思いやり、強さが、彼女らを迷宮の季節から引き上げ、再び以前のような関係を生み出すものであって欲しいと、願わずにはいられない。
なお、高校体育は男女別に開講されている。すなわち1-Aと1-Bの女子体育が合同で開かれ、それが彼女らの出会いの場となったという可能性を付記しておく。
Real 09-1「言い争い(1)」
川鍋の証言:
「本当に、覚えがないのかい? 誰かに襲われたと証言したのは、当時1-B……つまり君と同じクラスに在籍していた……
……弓倉、って子だったんだよ」
Real 10-1「フィールドワーク(1)」
当時、1年B組だった上岡が、あるとき、隣のA組に在籍していた友人の井之上武士に、何気なくそのコラムの事を話すと『ああ、あれ書いてるのは、うちのクラスの天羽だ』という答えが返ってきたので大いに驚いた記憶がある。
Real 04-1「ペンダントの言い伝え(1)」
東由利の証言:
「あ、うん、彼女の去年の同級生の事で気になった事があって、ちょっと聞こうと思ったんだけどね。」
Real 13-3「他人と友人」
上岡の証言:
「去年、井之上は天羽さんと星原さんと同じクラスだっただろ?」
Real 26-1「停滞」
東由利の証言:
転入生だった星原は、最初人づき合いが悪かったが、同じ転入組の天羽と友人になり、見違えるほど明るくなった。
昨年の課外授業の川鍋の記事に使われた写真を参照。問題の写真はReal 07-1「幻惑(1)」或いはReal 15-2「亜希子と下校」で見ることが出来る。
Real 03-4「ヒガンバナ」
弓倉の証言:
「天羽さんの記事みたいなの……ああいうの好きよ」
「……私ね、学内新聞のファンなの。」
Real 06「弓倉亜希子」
弓倉の証言:
弓倉「私、学内新聞を読むの好きなの」
上岡「へぇ、変わってるね……」
弓倉「えー、そうかなぁ。特に、天羽さんの記事のファンなんだけど……」
Real 15-2「亜希子と下校」
弓倉の証言:
「天羽さんのコラムが、素敵だと思います」
Real 06「弓倉亜希子」
弓倉の証言:
上岡「弓倉さんは、部活何やってるんだっけ?」
弓倉「何もやってないよ……」
Real 17-3「聖遼学園・新七不思議」
弓倉の証言:
「え? あ、ああ、やってやれない事はないと思うんだけど、やっぱり妹と2人でしょう、毎日遅くなる訳にはいかないし」
Real 03-1「ペンダント」
川鍋の証言:
部長の話では、新聞部も天羽が入部するまでは、ほぼ上岡が想像する通りの乱雑さだったという。天羽は2年生になってから新聞部に入部したので、つまり今年度から、整然とした部室になったという事だ。
本編では図書室中心のコミュニティは鵜野杜と弓倉のふたりくらいしか出てこないが、ドラマCD「LOVEの季節?」では、より広がりのある図書室コミュニティを垣間見ることが出来る。
Real 49-2「さやかを探せ/校舎内編」
弓倉の証言:
「ほら、前に一度、家に遊びに来たときに、会った事あるよね……」
Real 49-1「さやかを探せ/キャンパス編」
天羽の証言:
「弓倉さんに、妹さんがいるのは知ってたけど、私、面識ないから」
Real 49-1「さやかを探せ/キャンパス編」
東由利の証言:
「さやかちゃん? 今日は見てないけど」
鵜野杜の証言:
「ええ、あのキャンディーの包み紙みたいな髪形の……さやかちゃんでしょ? よく知ってるわよ」
井之上の証言:
「弓倉の妹って、あの両サイド・ポニーテイルみたいな髪形の?」
どうでもいいけど、井之上は上岡が亜希子さんと呼んでいることを問題にしていない。この時点では、もはや公認か?
Real 09-1「言い争い(1)」
天羽の証言:
川鍋「あれ、おじょ……もとい、天羽君、君、弓倉って子とは……?」
天羽「友達です……最近は、あまり都合が合わなくて一緒に帰ったりとかしてませんが」
Real 15-2「亜希子と下校」
弓倉の証言:
「最近じゃ、天羽さんもすっかり部活で忙しくなって、一緒に帰ったり、遊んだりすること、少なくなっちゃったの……」