民族音楽学講義・イヴェントレポート 第二回
水曜一時限・七月五日提出・三年次・楽理専攻・9540082・今井敏行
95年6月18日 京都法然院
太古のひびき〜カムイ・スピリット(オキ・カノウ&ペウタンケ)
雨の中、開演間際にたどり着いた法然院の、開け放たれた縁側からは、雨の降る音、雨垂れる音、あらゆる自然の音が、深い緑とともに押し寄せて、深淵な空気の中で一つの世界を作っていた。舞台の上には幾本かのトンコリと、エレキギター、ドラムセット? が静かにライトの黄色い光を受けていた。オキ カノウが現われる。彼はおもむろに舞台の真ん中、トンコリを手に取ると、ひそやかにそれを弾き始める。
トンコリというのは、アイヌの古い弦楽器である。えぞ松などの丸木を舟形に削り表板を張って槽とした、上部に海老尾のある細長い五弦琴で、奏者はすわって斜めに抱き、両手の指で弾奏する。演奏のさいには弦が張られた状態そのままの音、すなわち五音のみが用いられる。調律は四度を基本としたもので、その音楽は自然の模倣や祈りを主に表わしている。
非常に面白いことに、このトンコリという楽器には、人体が投影されている。それは上の図の左から、頭、耳、肩……と続き、天板に開けられた「へそ」と呼ばれる穴(この図には描かれていない)からは、トンコリとそれを弾く人間の魂であるガラス玉を二つ収めるという。
オキ カノウ氏は、アイヌ民族をルーツに持つという。その彼が中央に立ち何か言葉――それは英語であったりアイヌ語であったりした、を発しながら演奏するトンコリのひびきは、ともすれば雨の音に消されそうでありながら、しかし消されることはなかった。トンコリのひびき自体は、非常にスマートな、一種モダンさを感じさせる――ものであり、非常に法然院の緑に染みた。彼の仲間であるペウタンケが参加した第二部の舞台では、彼等の発する鳥や動物の鳴き声に、戸外の烏が参加するという、非常に自然と融和したものであった。
後半、演奏会も終ろうかという頃、彼等の民族、アイヌ民族がシャモ(日本人の事)によって侵略されたことを歌う、「トパットゥミ」という名の歌が歌われた。しかし、不思議と迫るものがない。地についていないのだ。言葉に生きる力が感じられないのだ。これは私の偏見なのかもしれない。民族音楽に対する、私の中のステレオタイプのせいかも知れない。しかしそれでも、アイヌ民族のもっていた自然や、動物、人々、その生活への、信仰にも似た想いが、感じられない。不謹慎にも、私は「ふりをしている」と思った。そして、今も思っている。
一度、本物を探してみたいと思う。結論はそれまで、出すわけにはいかない。
1 財団法人 新村出記念財団「トンコリ」の項『「広辞苑 第四版」CD-ROM版』1993 岩波書店 東京 より
オキ カノウ「トンコリを復元して」『太古のひびき〜カムイ・スピリット』パンフレット
財団法人 新村出記念財団「トンコリ」の項『「広辞苑 第四版」CD-ROM版』1993 岩波書店 東京
谷本一之「トンコリ」『音楽大事典 第4巻』1984(1982)平凡社 東京