機上にて

 ふと目を覚まし窓を見やると、翼の先に三日月がかかって見えた。次に目を覚ましたときには、その月が隠れて見えなくなっていたのだから、随分と長く飛んでいたのだろう。星を見ようにもつきっぱなしの映画が機内を照らして、窓外には真っ暗の闇があるだけだった。

 機内食が出る。現地時刻に合わせた朝食。七時間の時差を思うと到着後の行動に不安が兆す。だからあえて今はなにも考えない。眠りが浅かったのか冷や汗がじっとりと、気分も少し悪かった。気分の悪さは食事をとれば治るかと思ったが、ぼうっとした頭は依然として醒めない。かわりに、昔のことが思い出されてきた。

 わたしはその時まだ子どもで、父と母に付き添われての旅だった。わたしの右に父が座り、母は左だった。生寝のせいで気分の悪くなったわたしはぐずって母にもたれかかり、そんなわたしの背を母はずっとなでていてくれた。時折に触れる母の手は冷たくて、細くやわらかだったことが妙に鮮やかに思い出される。父もわたしを気づかっていてくれていることを、子どもながらにぼんやりと感じ取っていた。

 子どものころ、わたしは着陸のときが嫌でたまらなかった。なにも知らなかったころはなんとも思わなかった飛行機だったが、事故が起きればたくさんの人が一度に亡くなるということを知り、また自分の大切な人たちもその例外ではないということも理解するようになってからは、飛行機――なかでも着陸に恐れを感じるようになったのだった。飛行機が降下していくあの嫌な時間、父がわたしの手を握っていてくれた。暁光に照らされた父は心なしか青ざめて、表情をこわばらせてさえもいた。思えば父も怖かったのだ。しかし怖れをあらわにすれば幼いわたしがおびえるだろうと、父もまた無理をして毅然として見せていたのだ。わたしはそんな父のいろいろが分かるようになって、一層父のことが好きになった。父は神経質で気の弱いところもあったが、誠実でわたしにも他の皆にも優しい人だった。

 夜が開けはじめている。さっきまで映画が上映されていたモニターに表示された高度は、すでに一万メートルを割り、機体の揺れも目立ってきている。わたしは窓から目を背けて、そしておそらくはあの時の父と同じように顔をこわばらせているに違いない。手にはピローをしっかりと掴んでいた。

続く


日々思うことなど 2001年へ トップページに戻る

公開日:2001.10.23
最終更新日:2001.12.31
webmaster@kototone.jp
Creative Commons License
こととねは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示 - 継承 2.1 日本)の下でライセンスされています。