一度だけだけど、入院したことがある。ほんの一週間、急性虫垂炎で。高校三年の夏休みだ。
ゴルバチョフが失脚した朝だった。若干の腹痛を感じて、どうせたいしたことはないだろうと薬を飲んで横になっていたら、痛みはいよいよいや増して、うめいているところを姉に発見された。ひどいなら病院へということで、近場の病院に担ぎ込まれた。
診察を受け、検査のため血を抜くことに。一緒に鎮痛剤も打つという。しかし、痛みはもう収まっていた。三回連続で採血を失敗された、その恐怖が痛みを上回ったためだ。もう注射は嫌だと必死で断ったのだが、それでもむりやり打たれた。注射を失敗した若い看護婦さんはひたすら平謝りで、ベテランナースの注射は神業だった。これも、今となればただただほほ笑ましい話だ。
虫垂炎とわかり、もちろん緊急入院。午後には手術だ。一通りの手続きを済ませ、手術室へ運ばれる。局所麻酔だったため意識はあるが、もうろうと夢見心地。悪夢だったけど。うなされる姿があまりに色っぽかったのか初々しかったのか、医者の不謹慎な冗談が忘れられない。あと、切り取られてすぐの自分の虫垂と。
その日の夜は最悪だった。冷めかけの麻酔でとろとろと眠りながら、しかし眠れない夜。起きるたびに時計を見るのに、それが数分も過ぎていない。麻酔の気持ち悪さと高まる不安とともに、何度、目を覚ましたか分からない。もう二度と夜が明けることはないのではないかとさえ思った。ようやく明けた朝、本当に心からほっとして、感謝の気持ちさえ湧いた。
夜間に見回りをする看護婦さんが、心の支えになってくれたのだった。本当にばかばかしいことなんだけれど、不安でやるせないときに看護婦さんが来てくれると、すくわれた気持ちになる。僕が目を覚ましていることに気付くと、看護婦さんは声を掛けていってくれる。二言三言言葉を交わすというそれだけのことで、理屈ではなく安心できた。