『女王陛下のプティアンジェ』というアニメをご存じでしょうか? 1977年12月から1978年6月にかけて、テレビ朝日系列で放映されたアニメ、製作は日本アニメーションでした。十九世紀イギリスを舞台とした少女探偵もので、全26話、たったの2クールという短さから見ると、途中で打ち切られたのかも知れません。
『プティアンジェ』に関して不思議なのは、誰に聞いてもその存在すら知らないということです。ヒアリング対象は、家族、同年代の知人、年長者と多岐にわたり、対象者の出身地も関西に限らず、関東、中部、中国地方とそれこそ手当たり次第なのですが、それでもだれ一人知らないというのは奇妙です。そもそも実在したアニメなのか、自分で勝手に捏造したものではないのか、といえばさにあらず、アニメ情報誌『アニメージュ』恒例の、新年号の付録の手帳、その情報ページに、しっかりと『プティアンジェ』の名前は記されているのですから。以下に、引用してみましょう。
(387) 女王陛下のプティアンジェ 77・12・13〜78・6・27 (製) 日ア (放) ABC (演) 黒川文男 (画) 高橋資祐・田中保
「作品インデックス」『1995 Animage POCKET DATA NOTES for animation fan』(1995年アニメージュ2月号第1ふろく)徳間書店,1995年,108頁。
(本文中の括弧「()」は、丸付き文字)
ほかにも、ネット検索においてもいくつか情報源が出てきます。知人が検索して見つけてくれた、『プティアンジェ』に寄せるエッセーも紹介しておきましょう。
これら情報は、『女王陛下のプティアンジェ』が確かに存在したことを、はっきりと示してくれています。
では、なぜ今、『プティアンジェ』なのでしょうか? 理由は至極個人的なものです。イタリアのテレビ番組誌を偶然手にしたこと、そしてイタリアで見たテレビ番組のひとつに、ほかならぬ『女王陛下のプティアンジェ』が含まれていたから、というのがその理由です。
イタリアのテレビ番組誌 “TvSette” を手にして僕は、最初から、ほかならぬ『プティアンジェ』を探しはじめました。テレビ番組誌には、2001年の11月4日から11月10日までの一週間の番組表が収録されています。僕がイタリアにいっていたのは、2001年10月12日から10月23日までの十一日間。ほんの一二週間のずれしかないテレビ番組誌を見れば、イタリアでのテレビ視聴体験を、まざまざと思いだすのも当然でしょう。
ところが、たった一二週間後の番組表だというのに、アンジェの「ア」の字もありません。そりゃ当たり前だ、イタリア語で書いてあるんだもの。でも、 “A” の字もないんです……
僕がイタリアで見たのは、本当に『プティアンジェ』だったのでしょうか?
イタリア版『プティアンジェ』を見たのは、ローマのホテルででした。イタリア各地巡りも終盤、イタリアのいろいろにも慣れたころです。ホテルに入ればテレビをつけて、分からないままにイタリア語放送を見るのが、ちょっとした楽しみになっていました。ミラノ、ヴェネツィア、フィレンツェと過ごして、それまで見た番組のほとんどは、ニュースやなんかにとどまっていました。ところが、ローマでのそれは啓示だったのでしょう。ちょうどテレビをつけたところの番組が、まさに日本のアニメ、まさに『女王陛下のプティアンジェ』だったのです。
はじめは、さすがにそれが『プティアンジェ』とは気付きませんでした。ああ懐かしの日本アニメだ、一体なんだろう、といったぐらいにしか思わなかったのです。ですが見ているうちに、記憶にひっかかるものがある。一体なんなんだろう、ひっかかるものは? それは、その番組が『女王陛下のプティアンジェ』であった、ということにほかなりませんでした。
ですが、なにぶんかすかな記憶にもとづく判定です。僕には、それが『プティアンジェ』と断定することはためらわれました。ですが、どう考えても『プティアンジェ』以外のなにかとは思えない。そしてこの疑問と判断の揺れは、番組が終わりエンディングテーマが放映されることで、確かにこれは『プティアンジェ』であるという確信に変わったのです。
ですが、イタリアを離れ遠い異国の地「日本」に暮らすようになった今、ローマで出会った『プティアンジェ』が、本当に『プティアンジェ』だったのかと強く言い切ることもできなくなっていました。去る者は日々に疎しと申します。再び、『プティアンジェ』に関して、断定的発言をすることはためらわれるように――だって、テレビ番組表に、それらしい断片すら見付けられなかったんですよ。
ですが、どうしてもあきらめきれない。とのことで、ネットで広く検索してみることにしました。Google Italiaにゆき、"petit ange" で検索。ところが、目当ての情報はなにも出てきません。というのも、“ange” というのは、フランス語で「天使」。普通に使われている、単語のひとつにすぎません。ひっかかってくるのは、まさに天使関連のページばかりでした。
と、ここで考え方を変えてみました。"Ange" というのは、女の子の名前です。ということは、彼女にかかる形容詞 “petit” は変化して “petite” になるに違いありません。とのことで、Google 日本語(で調べても、結果は変わらなかったです)で "petite ange" をキーとして再検索。そうしたら、見つかりました。
はじめに見つかったのは、"Jouo Heika no Petite Ange" でした。ですが、このページが教えてくれるのは、『プティアンジェ』の英語名が、“Her Royal Highness the Queen, Petite Ange or Charlotte Holmes” であるということくらいでした(アンジェがシャーロット・ホームズになるというのも、なんか悪くないですね)。
次に発見されたのは、"Shoujo Anime list: I to L titles"。このページには、重要な情報が記されていました。『プティアンジェ』のフランス語名が、“Angie, détective en harbe” であるという事実。Angie! 名前が違っている? ちなみに日本語訳すると、『アンジー、未来の名探偵』といった感じです。
名前が違っている可能性にかけて、検索キーを "petite angie" に変更。したら、トップに出たのは、ウィッグの販売ページ。紛らわしい名前を付けるでないよ、と瞬間気落ちするものの、次点のページはまさにビンゴ! それは、イタリアで放映されている、アニメ作品リストでした。
リストされた作品の中に、確かにありました、"Angie Girl (Joe heika no petite Angie)" の名前! ハイパーリンク先にジャンプすれば、確かにイタリア語版『プティアンジェ』が放映されているという事実が明らかです。
こうして、僕の『プティアンジェ』を求める旅は終わりを告げたのです。
ところで、ZM Guida TV - Guida per serie tv には、『プティアンジェ』以外の日本アニメも沢山記載されていて、見てみると実に面白いですよ。閑話休題……
ですが、僕はこれだけの情報で満足できませんでした。文字以外の情報、画像であるなどを、どうしてももう一目みたいと思ったのです。
頼りは、Googleでの検索結果のみ。ですがこの検索結果からは、思わぬ収穫を得ることができたのでした。以下にその収穫の一部を記して、この文書を閉じましょう。
日本ではほとんど知られていない『プティアンジェ』なのに、一体なぜ僕はこのアニメを知っていたのでしょうか。知人という知人に聞いてまわっても誰一人知らないという事実は、もしかしたら関西では未放映だったのではないか、という疑惑にまでつながります。なら、それこそなぜ僕は『プティアンジェ』を知っていたのか? もし過去に見たことがないなら、どうしてイタリア版を見てそれが『アンジェ』と分かったのか?
とにかく、自分自身の記憶が一番の謎なのでありますからして、このあたりをぜひ、「アンジェにおまかせね」、っと解決してもらいたいところです。
しかし、海外情報のほうが本国のものよりずっと充実してるというのも、さみしいものです。一度きちんと見てみたいので、マルチリンガルで各国語対応したDVDとか出してくれると、喜んで買うのですが……