退会

いわゆるくれくれ君に関して(初期形)

長く[翻訳関連のコミュニティ]に入っていたんだけど、思うところがあって退会しました。

実は、[翻訳関連のコミュニティ]では、いわゆる「くれくれ」の類いが横行していて、ぶしつけに原文を提示して翻訳してください。それで結構荒れていました。その状況は長く問題となっており、私が管理人をやっていた(初代管理人が退会して、宙に浮いたコミュニティを暫定的に確保した)ときから顕著ではありましたが、私はあえてその声を黙殺していました。現在では管理人が代わり対策がとられはじめています。

その対策の一環として、ルールがひとつ加えられました:

「まず、原文と自分の考えた訳を載せる。全くわからないのであればその旨を明記。」

私がながく保留していた退会を決意したのは、このためです。

私は思うのですが、翻訳にしてもソフトウェアの開発にしても、できない人がいる以上、「くれくれ」になってしまうのはしかたがないと思うのです。

重要なのは、まずは自分でやってみろよ、ということではなく、どういう風にプレゼンテーションすれば他の人間を動かせるかといういうことなんじゃないかと思うのです。だって、自分でやってみろよっていわれても、できればやってるよって話です。だからこそ頼むほうは、あらゆる手管でもってあたるべきであって、自分の仕事を添えてみるというのはその一手段に過ぎない。もっと別の餌をつけてもいいし、とにかく、ちょっとやってみたいかなと人に思わせられれば勝ちなのです。

私は「くれくれ」はかまわないと思います。人を動かすための技術を駆使すればいいだけの話なのです。技術が未熟なら訓練によって育めばいい、こうした技術はネットのみならずあらゆる場面で役立つはずです。

私はRuby-list MLの考え方が好きです。

日本Rubyの会について

ruby-list ML伝説

初心者の質問にも超教育的回答

「○○○したいのですが……」

「これを当てるとどうでしょう。」

返事にパッチ(Ruby処理系のソースの差分)がついてくる

質問者を置いてけぼりにして開発話に花が咲く

教えてクンも一撃で退散というネタ

答えるほうにしても、自分の興味に添えば、そいつに基づいてことに当たればいいのであり、相手のことはもうそれこそ二の次、それこそどうだっていいんです。

興味が持てなければ放っておけばいい。答えることが義務づけられているわけでないならなおさらです。

とまあ、こんな風に考えているもんだから、ちょっと指向する方向性の齟齬が大きくなってしまって、参加が義務づけられているわけでもないから退会するかと。

それだけの話で、長々と書いてしまいました。

手管(てくだ)

新辞林では:
人をうまく操ったり,ごまかしたりする方法・技術。
広辞苑では:
1. 人を(特に商売女が客を)あやつる駆引のてぎわ。人をだます手段。一代男六「情け深くて—の名人」。「手練(テレン)—」
2. 情夫。間夫(マブ)。一代男四「本のは—の男につかはし」

(初出:2005年12月10日)


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公開日:2008.02.05
最終更新日:2008.02.05
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