原題:Off the Record / On the Record
1959年/カナダ/59分
複製技術時代を代表するピアニスト、グレン・グールドのドキュメント。親しみやすい表情で軽口をたたく彼を見ていると、後に引き籠りのような生活をする人物だとは到底思えない。むしろ影よりも日向の似合う、屈託のなくよく笑う二十七歳のグールド。天才を感じさせる少々傲慢で美しい、健康な青年そのものに見える。
しかし注意深く彼の言葉に耳を傾けてみると、後に彼を苦しめることごとの片鱗がすでに見て取れる。人嫌いのこと。田舎での生活に慣れると、次に都会へ出るとき憂鬱になる。人が一杯いるところは嫌いなので、演奏会へはいかない。演奏者の心がわかりすぎて、緊張が伝染する。自分のやり方を妨げない、レコーディングスタジオへの愛着。そして縁起はかつぐかと聞かれ、Yesと答える彼。
演奏会活動を引退するのは、この五年後のことだ。人嫌いを公言し、自分の芸術のための隠れ家ともいえるスタジオにこもるに至ったのは、自分のすることを妨げない自分の世界を求めた末、或いは人に共感することに疲れ果ててしまったためかも知れない。病的ともいえるグールドのエピソードはそれまで以上に喧伝され、結果本当の彼を隠してしまうことになった。四十九歳の誕生日を前にしておびえる彼。一と十の位を足すと十三になるためだ。この数霊術的偏執は、テイク13をパスしテイク14を録った、若き日の彼の行き着く先だったのだろうか。
彼は繊細すぎたのだ。あらゆることに気が付きすぎるため、あらゆることに気を煩らわせてしまう。神経のあまりに細りすぎたことが彼を隠遁生活に追いやってしまい、だが二十七歳の彼を見ると、果たしてそれが正しかったのかわからなくなる。楽しげに談笑する彼の姿にこそ真実があるのではないか。あの日の、健康そのものに見える彼こそが本当のグールドだとすれば、彼の後半生は仕合せだったのだろうか。
この映像に映る彼こそが、彼の作品一。彼の全てが語られている。
評点:4+
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