薬指

 三週間目に入った弦は、それはそれは鳴らない。トップのプレーン弦なんて、チーンてな感じの侘びしい音で、それはそれは悲しくなろうというものだ。いつもいっていることじゃないか。なのに、なんで三週目に突入したのかね。いやあ、二週目体調が本当に悪くて、ほとんど弾けなかったもんだから、三週目まで持つと思ったんだよ。

 甘い考えであった。

 だけど、その鳴らない弦で弾いたことは無駄じゃなかったのさ。

ウィークポイント発見

 発見というほどたいしたものではないのだが、鳴らない弦で弾くと自分の駄目なところが見えてくる。響きがない――、いわば指が弦を弾いた音がそのまま飾りなしに出てくるのだから、掛け値なしの音が分かるのだ。

 で、なにが分かったかというと、薬指の音がとりわけ痩せているということ。薬指の爪だけ丸みが強くギター向きになるよううまく削れない。そのせいで音が痩せている、みたいなことを以前いっていたけれど、そういう問題ではないね。音の痩せている理由はごく簡単に、薬指の不器用さ、貧弱さであるようだ。

 私は右利きで、だから左手に比べてもずっと右手の方が器用なのだけれど、その器用さは主に親指、人差し指、中指に集中している。別にこれは自分だけじゃなくて、普通人はみんなそうなんだけれど、このように指が不器用なために薬指の音は痩せる。同じ弦を中指、人差し指で弾くとまだ太い音がするのに、薬指だとチーンだ。薬指が弾くのは大抵第1弦、一番細いプレーン弦だから、なおさら輪をかけてチーンだ。

 すごいよ。悲しくなるくらい細くて情けない音だから。

余談

 ギターの世界では、薬指をaという記号で表す。スペイン語で薬指を指すanularという名詞の頭文字なんだが、このanularという語の示す意味の範囲がちょっと面白い。

 anularは名詞では薬指なんだが、本来これは指輪のを意味する形容詞であって、それが指を指す語dedoにくっついてdedo anular、指輪の指=薬指となったみたい。でも面白いといったのはここではなくて、動詞のanularの意味だ。anularは他動詞では取り消すとか無効にするとか廃棄するを意味し、フランス語でいうところのannuler、英語でいうところのcancelに相当する。つまり薬指は無効な指だといいたいのかい? へこむよねえ、そんなこといわれた日にゃあ。

 一応断っておくと、動詞anularと形容詞anularはたまたまつづりが同じになってしまっているだけで、直接的な関連はない。

 動詞anularnullus(スペイン語ではnulo)に関連しており、指輪には縁がない。nullusというのは電算に関わる人ならピンとくるものがあるだろう。null値のnullだ。対して指輪の形容詞anularanulus(スペイン語ではanillo)から派生したもので、こちらは正真正銘の指輪。

 ゆめゆめ混同、誤解されることなきよう。

弱点克服のためのその一

 閑話休題。弱点を見つけたのなら、当然それを克服しなければならない。じゃあ、どのようにして克服すればいいのだろうか。そりゃ、問題の不器用な指をたくさん使って、少しでも器用に動くようにしてやるほかあるまい。

 というわけで、私はできるだけ日常身の回りを親指、薬指、小指で済ませることに決めた。これまでは、例えばキーボードを使うとき、右手指は人差し指中指を中心にして、薬指は補助的にしか使わず、小指にいたってはほとんど使ってこなかった(我流なのである)。こんなふうにして、器用な指はより器用に、そうでない指はよりそうでないように、長い間かけて訓練してきたわけである。だからこれからは今までとは逆に、薬指、小指をたくさん使って鍛えようというわけだ。人差し指中指は放っておいてもどうせ使うんだから、衰える心配なんてなかろう。

 こうしてやることで、トップ弦の鳴りが少しでも良くなるといいなあ。反面日常はとても不便になるんだがね。


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公開日:2003.10.11
最終更新日:2003.10.11
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