私はジプシー・キングスが好きで好きで、ジプシー・キングスで有名なものといえばそりゃビールのCMで一躍人気の出た『ボラーレ』なんだろうけれど、私の好きなのはそっちではない(いや、『ボラーレ』も好きだ。楽譜入手済みだし)。私の好きなのは『カミーノ』。いや、違った。一番好きなのは『カミーノ』なんだけれど、こういってしまうと話が続かない。
私が好きなのは、『インスピレイション』なのである。
私と『インスピレイション』との出会いは、おそらく多くの日本人がそうであっただろうように、あるテレビ時代劇のシリーズが関わっている。私の信じる、日本におけるテレビ時代劇最高峰作品、『鬼平犯科帳』がそれである。『鬼平犯科帳』のエンディング・テーマが他ならぬ『インスピレイション』であった。
いや、なんで時代劇にジプシー・キングスなのてなもんなんだけれど、これがもう格好いいの。ギターインストゥルメンタルの小品なんだけれど、静かに情熱を隠して始まる序奏のちにギターがささやき、そして突然はじける一瞬の華々しい火花。確かな技術に裏打ちされて、しかもそれどころか。美しく、そして感動的で、わずか四分弱の曲とは思えない広がりをもって、目を閉じた暗闇にゆらめいているのである。
これ聞いて、いっぺんにファンになったね。CD買っちゃってね、二枚組みの、そいで一時期はこればっかり聞いてた。今も聞くけど、全然飽きない。何度でも聞いて、何度でも感動できる、ありゃコストパフォーマンスの高いアルバムだ。
で、この『インスピレイション』を弾きたいと思ったのだ(無謀にもな)。
私の持っているのは、現代ギター社から出ている、瀬田彰編のギター曲集に入っているもの。その曲集の名は『インスピレーション』とまさに『インスピレイション』が最前面に押しだされていい感じだ。
けれど、ギターを持ちはじめたその週から、音階も満足に弾けずコードのひとつも押さえられない状況でやるにはちょっと難しい曲じゃないのか。いや大人の器楽入門は、基礎ばかりだけでなくひとつやりたい曲を置いておくというのもセオリーというではないか。よし、誰がなんといってもやりたいものをやるのが人生って奴だ。
こんな感じで、些細なことを人生論にまでふくらませて弾きはじめたわけだ。
はじめは、記号が全然読めなくて往生した。巻末に奏法記号が書いてあるのはいいとして、しかもこれがかなり丁寧に細かく書いてあって、物凄く役に立っているのはこの上もなくありがたいとはいえ、巻末で紹介されているのはあくまでも少々一般的から外れるものばかりなわけで、つまり私はギターの基本的な記譜を知らない。
音符の下にp, i, m, aが書いてあるのは、高校の授業でギターを習ったときに中指=m、人差し指=iと教わっているので、なんとかなる。低音がわにpが出ることからして、まあpが親指だろう。じゃあaは薬指というわけだね。
ここまでは正解。
丸付き数字はなんだろう。でもこれも直に分かった。丸月数字は、何弦を弾くかを表している。じゃあ、丸のない数字は? これは指番号だった。0と書いてあったら開放を示している。
ここまでもクリア。
じゃあ、五線の上にかかれているPとそれに続く数字は? この解読は苦労したね。これはポジション、人差し指が何フレット目に位置するかを示す記号。P.4なら人差し指が4フレットに、順に中指が5フレット、薬指6フレット、小指7フレットになる。もちろん音楽の要請によって中指薬指小指はずれることもあるけれど、とにかく人差し指をそのフレットに置けばいいというが分かって、楽譜を読むのがすごく楽になった。いちいちどの音がどの弦のなんフレット目かを考えず、P.4なら即座に人差し指を4フレット目に置いてやればいい。
合理的やね。良く考えられているわ。
そして最後に、Cだ。コードネームじゃないよ、コードネームとは違うCがあって、その後には数字とその影響範囲を示す線が引かれている(ほら、1括弧2括弧みたいなやつね)。
これも弾いているうちに分かった。ヒントは、縦に一本棒が入ったCだった。これは、セーハを示す記号だった。Cが全セーハ。縦棒Cが半セーハを表す。引いているうちに、どう考えても左手の指記号の要請からセーハせざるを得ない箇所に、この記号が出ている模様。
こんな感じで、ひとつひとつ記号を読解し、試しては挫折試しては挫折の繰り返しで、少しずつ弾けるようになっていった。
けど、まだ全部ちゃんと弾けないんだけどね。
まだ弾けないというのも情けない話だが、この曲をやっているおかげでセーハができるようになった。曲の要所要所でセーハをしなければならなくって、あの誰もが最初につまずくというFコードを回避して、ジプシー・キングスでセーハをできるようにした。いや、Fコードの壁にはちゃんとぶつかったんだけど、Fコードの練習だけするのも馬鹿馬鹿しいと思って、その分『インスピレイション』に逃げてたわけやね。
つまりは結果オーライというわけさ。
この曲は、フラメンコギターで弾くほうがきっといいのだろうが、うちにはガットギターなんてものはないので、スチール弦で弾いている。思いだしては弾いて、それでまたしばらく忘れての繰り返しなのでいまだ弾けないけれど、いつか弾けるようにきっとなる。
それまでは、ホセ・ルイス・ゴンサレスの『ギター・テクニック・ノート』で基礎をやっておく。基礎ができれば、この曲にも太刀打ちできるはずだ。だから結局なにをするにも基礎なのだよ。