ヒラギノ二万字とはなにかを説明する前に、次に示します漢字、皆さまは読むことができますでしょうか。
まず読めないと思います。もし読めるという人がいれば、その人はよっぽど字に詳しい人かあるいは日本ではない漢字の国の人か、ともあれ一般の日本人には読まれない文字であります。
さて、この文字、なんと読むかといいますと「テイ」と読みます。その意味は、太陽の昇る様を言い表しているとかで、まあ普通の字書には載っていません。僕がこの字の典拠を求めたのは、大修館書店の大漢和辞典でした。あの一冊一冊がかなりの大部で、しかも全部そろえると軽く十万を越えていってしまうというやつで、もちろん個人ではもってません。
ではなぜこの字を問題にしたのか。実はこの字、僕の母の名前に使われている字なんですね。祖父が付けた名前とかで、昔はこういう名前に使われる文字に対する不当な規制はなかったので、いろいろな字が戸籍には含まれている訳です。
もちろん、この文字はコンピュータでは使えない文字でした。もちろんShift-JISには含まれていません。しかし、この文字を使えるコンピュータは存在するのです。それは——、超漢字ではありませんよ、超漢字は本当にスーパーなので、ちょっと比較対象になりません。そもそも漢字にかぎらず、超漢字が使えない文字ってあるのか? 閑話休題、標準的に我が母の名を入出力可能なコンピュータとは、Mac OS X搭載のMacintoshなのです(多分)。
さてさて、ここでヒラギノ二万字について説明しましょう。アップルはOS Xの標準フォントとして、大日本スクリーンのヒラギノOpenType基本6書体を採用しています。このヒラギノフォントというのが実に大量の字体を収録していて、その数は一万七千とか(詳しくは知りません)。とにかく、ヒラギノの書体には多数の文字バリエーション(ユニコードから落ちているものであっても!)が収録され、その中には母のテイの字も含まれています。ゆえにこのヒラギノ基本書体を採用しているMac OS Xは母の名前を表示できるというということになるわけです。
テイの字を表示させた文字パレットを撮影しました。どんなもんでしょう。その字がどのフォントセットに含まれているかが表示されるため、分かりやすく非常に使い勝手がいいです。
これを見ると、最下段にかろうじてヒラギノファミリーが見えるものの、それ以外に日本語のフォントセットがありません。ヒラギノ以外に表示された文字は、実は日本のフォントセットではなく、台中韓のものであるようです。
どうやら母の字は、日本でこそは一般に使われなくなっているものの、他の漢字圏においてはまだ用いられていることがこれで分かります。そして、ここが重要なのですが、文字情報に訓はおろか音まで表示されていないことが、この文字がもしかしたら日本の文字ではなく、他漢字使用国の文字として採用されている可能性を表しているようです。つまり、この字はもはや日本では死滅していて、字書や古文献の中より外の生きた用例としては母が保存するのみであるのかも知れません。
さて、ここで冒頭の嘘がばれてしまいました。中国語朝鮮語にテイの字が残っているのなら、それら環境に対応しその字体を有するコンピュータは問題なくテイの字を表示するでしょう。例えばWindows、例えば9以前のMacintoshです。ただ、その文字が日本語環境下で使えるかどうかは別の話になりますけどね。
文字は当然ながら、使用されてはじめて意味の出てくるものです。逆にいえば、使えなければ意味がない。じゃあ、母のテイの字は使えるのか、というと実は使えないんです。使えないことの方が多いんです。
こういう後に拡張されたような文字というのは、アプリケーションの対応が遅れることがままあります。例えば、僕の所有しているソフトでテイの字を扱えるものはほとんどありません。例えばDreamweaverはページのエンコードをUTF-8にすることでテイの字を表示できるのですが、それが他の環境から読めなければ意味がありません。
ちょっと実験してみましょうか。ついでに有名なはしご高と立つ崎も入力させてみましょう。
皆さまの環境で、これら文字が表示されていれば大丈夫、成功です。ですが読めなければ、まったく意味はないですね。
Webサイト作成管理ソフトであるDreamweaverは、その出力先がネットになるので、それ以外の出力を前提としたアプリケーション、例えば印刷物を作るようなのはどうなのでしょうか。
MacromediaのStudioにはFreeHandというドローアプリケーションが含まれていて、年賀状を作るときなんかには大変重宝しています。なので、年賀状の住所にテイの字が使えると非常に便利になりますね(これまでは、「最」と「政」をパスに変換して、それを組み合わせて字体を作っていました)。
ですが、残念ながらFreeHandではこのテイの字が表示できません。同様にFireworksでも使用できないようです。もしかしたら最新版では使えるのかも知れませんが、うちにあるFreeHand 10とFireworks MXでは駄目でした(なのでまた字体を作りました)。
まずOSレベルでの対応があって、次いでアプリケーションレベルで対応してくれる必要があるのです。例えば、エルゴソフトのワープロ、EGWORDはヒラギノ二万字に対応しています。このようにヒラギノ二万字に対応していることを謳う背景には、まだ対応していないアプリケーションが少なからずあるということなのでしょう。
昔のように、コンピュータがスタンドアローンで使われているのなら問題も少ないでしょう。ですが、現在ではコンピュータとはネットワークに参加することが前提のようであり、実際ネットワークから離れたコンピュータはその利便性を著しく低下させます。
ネットワークにつながるということは、データ資源を他のコンピュータと交換するということに同じと考えてよいでしょう。ということは、今僕が打ったテイの字を、誰かが受け取ったときにもテイの字として認めてもらえるような仕組みが成り立っている必要がある訳です。
ですが、アプリケーションによっては表示もされないような文字を送るのは考えものです。ユニコードで送れば表示も可能なのかも、でも試したことはないです。
このあたり、ちょっと以前の機種依存文字とかを思い出させますね。
先程の実験結果をちょっと公表しますと、OS X 10.3環境下では、Safari、Camino(Mozilla)はすべて可。Internet Explorer、iCabは川崎のみ不可でした。
これを見れば、意外と結構情報交換も可能なのかも知れませんね。でも問題は、これが他環境、Windowsなんかではどうなるかということです。表示されないとか化けるだけなら問題はないのですが、もしアプリケーションが落ちるような羽目になったら、ネットワークの途中経路に障害を発生させたら、などと心配性の僕はちょっと使用に踏み切れないのでありました。
さっきですね、文字の表示実験をするときに、真殿という名前の真の異体字(全体には眞で上部の七が十であるもの、もちろんヒラギノには用意されている)を無理矢理挿入したらDreamweaverが見事に異常終了して、それどころかほぼ完成して、もちろん保存もしていたドキュメントの後半分が消失したという恐ろしいことが起こりました。ヒラギノ二万字の威力の第一段落途中までしか残らなかったのですよ。異体字に関しても頑張ってまとめたのに、それも消えたのですよ。
実際、今日の更新は投げてしまおうかと思いました。
コンピュータを使って長いので、保存の癖は染みついています。文字の変換が確定した時点で、自動的にCommand+Sをする体になってしまっているのです。なので、こういう事態に陥ったのはもう何年ぶりだか分からないくらい。頭が真っ白になるという表現をよく聞きますが、まさにそんな感じでした。
一生懸命復旧させましたが、事故のおかげで、今回は全体的に気力のなえた出来になっております。
いやあ、実際文字は危険だという話でした。皆さんも注意してください。
Windows XPにおいてはInternet Explorer、Firebird、Operaにて、すべての文字が表示可能であったそうです。やはり憶測は正しかった!
また、Windows MEにおいても表示可能であるそうです。やっぱり憶測は正しかった!
情報提供感謝です。
OS X標準搭載のテキストエディタであるテキストエディットには、謎のメニューがあります。フォーマットメニュー以下のフォント−文字の形状−旧字体にチェックを入れると、入力される漢字を正字にしてくれるという機能です。けど、漢字だけ正字になっても、どうせなら正假名遣ひになほして呉れるくらゐでないと、という僕は間違ってますか?
いずれ、現在における使用を考えれば、よく分からない機能です。正字正仮名を使っている人には便利かも知れませんが、僕にはちょっと必要なさそうです。面白いんですけどね。
ところで、この機能はヒラギノ二万字を意識させるために実装されたのではなどと考える僕は、どこか性根が曲がってるのでしょうか。