ついにこの日がやって来た―― そんな気持ちを拭いきれないのでありました。春から習っていた先生が、この授業を最後にフランスへ発たれるのです。非常に面白く、楽しく、博識で面白いよい先生だっただけに、僕なんかには非常に残念。けれど先生は先生の人生を歩まれるのであります。ここは笑顔で見送りましょう。花に嵐の譬えも有るさ。けれど人生は「サヨナラ」ばかりではなくって、きっとそれは再び逢うまでの遠い約束なのだと思いましょう。ええ、そう思わないでは悲しいではありませんか。
今日の授業は、いつにも増して猛烈なスピードで進みました。だってこの三時間で三エピソードを片づけるんですから、真っ当な速度ですむはずがないというものです。それでも最初の二時間は普通一般に近い速度で進んだんです。ビデオでエピソードを見て、割り振られた役に従い読んで、理解把握の度合いがはかられて、文法に関する練習題。今回は比較級、最上級です。ところが後半の一時間は、ビデオを見る、読む、文法規則を確認、練習題数題、以上。これを位置エピソードあたり三十分弱の慌ただしさでこなします。超特急的速度にもうくらくら。ですが、これくらい緊張感があればきっと勉強になりますよ。
終わる数分前に、われわれのクラスが統廃合される先にあたる上級クラスに顔見せすることになりました。上級クラスは十一人の学生がいて、より講義色が強い感のある雰囲気がおそろしげです。最後の数分を一緒に受けたのですが、今までの慣れたやり方とは全然違うので、馴染むまでが少々大変そうです。とにかく予習が大切そう。人見知りするたちの僕としては、少々恐怖に駆られるところあり。なんとか飲まれないように、ちょっと無理してでも先行気味にいかないとならん、などと非常に悪い傾向が出てしまっています。のんびりといけばいいじゃないか、駄目なら駄目でいいじゃないか。でも悲しいことに、今はそう思えないのであります。
でも、新しい場所なら場所で得られるなにかもあるはず。人には気にせずいこうだなんて無責任発言を繰り返していた僕です。自分こそが、気にせずあるがままでいこうの精神を忘れないようにしないとなりません。そう、次回から新しい境遇、環境。けれど無理せずあるがままにのんびりいこう。なりようになるさ。機に臨み応じ変わるとしましょう。
授業が終わって先生はといえば、お子さんを保育所に迎えにいってしまわれていなくなってしまわれてたのでした。それを教員控えにいって先生はどちらかと聞いて回れば、もうちょっとしたら帰ってくるので待っといてねということでした。なぜ先生を待つ必要があったの? それは先生に渡す贈り物があったからだったのでした。
今までの教室にクラスの人間四人で待っていれば、先生が帰ってらっしゃいました。先生には今までのお礼とのべて、先生からはお手紙をください、文通しましょう、フランス語でという嬉しいお言葉をいただきました。そしてわれわれは日本の思い出のための贈り物を持っていますと、用意していた小箱を贈ったのでした。
贈ったのは、ちょうど今京都でもよおされている祇園祭に関するもの、長刀鉾の模型でした。木製の小さな長刀鉾。これほど日本的で京都的でかつ通俗的でないものはあるでしょうか? 加えて長刀鉾は災害病苦を払う縁起物でもあります。ここにわれわれの思いは集約されているのであります。嬉しいことに、先生はこの贈り物を喜んでくださいました。そしてその後、僕のデジカメで記念の写真を撮って、これを別れとしたのでした。
でも別れといっても、またいつか会えることもあるはず。今は寂しいところだけれど、同じ空の下に人はいるのでありますから、寂しがる必要なんか少しもないのかも知れません。
実はこの翌日七月十四日は革命記念日。日仏学館ではパリ祭の催しがあったりします。情報によればその催しに先生はいらっしゃるとか。で、僕ももちろんいくのであります。というわけで、もう一日は会えるようなのですけどね。これもまた嬉しからずや。
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