二十世紀に入り音楽は大きな変化を見せた。それは様式の変遷による変化でありまた社会の体制、制度が変化したことに伴って起こったものでもあるが、二十世紀に入り急速に発展したテクノロジーによって引き起こされた、音楽をとりまく環境の変化を忘れるわけにはいかないだろう1。特に音楽に直接的にかかわるテクノロジーとして録音が可能となったことは、音楽の受容のあり方を大きく変える契機として作用した。かつて演奏を記録することができなかった時代においては演奏の一回性というのは絶対であったが、録音技術が出現したことにより、演奏をレコードに残し何度でも再生することが可能となった。そのようなレコードの特性はコンサート体験を再現するための手段として用いられ、レコードによる音楽聴取、代替的コンサート体験をレコードによって行うという、新しい音楽の受容の仕方が生まれた。しかし、そのコンサートの代替品というある意味消極的な初期のレコードのあり方に対し、積極的にテクノロジーを音楽に奉仕させレコードを創造のための手段そしてステージとして用いる動きが後に現れてくる。そしてその手法を強く打ち出し、公言もした演奏家として、カナダ人ピアニスト、グレン・グールドがいた。
グレン・グールドは紛れもなく二十世紀を代表するピアニストの一人であり、そしてその中でも特異な人物として知られている。普通なら演奏家と切り離すことができないコンサートという音楽活動を否定し、一時を境にまったくコンサート活動から撤退したことは特にグールドを、その特異さからも、有名にしている。彼はコンサートをドロップアウトした後、録音スタジオにこもり演奏活動をレコードに集約することによって、独自の演奏の世界を築き上げたのだ。また彼はレコードやラジオ放送、映画、テレビ番組といった新しいテクノロジーやメディアとも切り離すことができない。常に新しいテクノロジーとメディアの中で、彼は音楽の在り方について模索し様々な表現手段とその可能性を切り開いた。しかし彼を有名にしていたのは、今までに述べたもののためだけではない。数多くの逸話がことさらに彼と彼の名を世にしらしめたのである。演奏中に上げる唸り声や鼻歌、独自の演奏スタイルを支える低い椅子、グールドの好みに調整された古いスタインウェイ社製ピアノ、伝統に反抗するようにみえる独自の演奏解釈、など、によって彼の異彩は特に際立って見える。
簡単に概観してみただけでも彼のそれらの行動、行為は、散漫に、無秩序に思える。しかし、あにはからんや彼のそのような特異な行動、奇癖は、彼独自の思想によって貫かれている。グールドは様々な方面にわたる著述、対談、インタビューを残しており、それらにはグールドの持つ音楽観、展望、意識が現われ出ている。そしてそこにはグールドの一貫した姿勢がうかがわれるのである。
しかし、その、あまりに独自に過ぎるとみなされる嫌いのある、彼の思想を本当に彼の独自のものといいきることは果たして妥当といえるだろうか。むしろグールドは、二十世紀現代における音楽の在り方を意識的に洞察、模索し、その結果見いだされた結論を実践の場において確信的に行っていたのである。そのため彼の音楽活動からは、極めて現代的な音楽の在り方を示す、多くの要素が散見される。
この論文では、この様なグレン・グールドの音楽活動と音楽に関する彼の思想を追うことにより、現代における音楽受容の在り方の一つの局面を探る。
1 勿論、音楽様式や社会の変化について考える際においても、テクノロジーは忘れることのできない要素である。