太極拳では、貫手(指先)を鍛えると盲目になり、拳を固めると肝臓を弱める
との考えがある。指先は目に繋がっているとされているのである。この事実を知った私は、自分の左指先を見て震えたのであった。ギターを弾いているために、指先が硬くなっている! このままでは私はいずれ失明してしまうのである。左手指に負荷がかかった場合、問題は右目に出るのだろうか、左に出るのだろうか。しかしそれを自分で確かめるわけにはいかないのである。
失明を怖れた私はギターをあきらめ、より指に優しいナイロン弦の楽器、ウクレレに走るのであった。求めるものはインドにおけるガネーシャ神をかたどったウクレレ、フェルナンデス社のZOLELEであった。負け犬人生から抜け出さんとして、ついに私は神頼みに手を出すのであった。
ギター練習で痛む指を休めようとセカンド楽器を探す私は、偶然めぐりあったZOLELEに決めようとしていた。だがその時青天の霹靂のような情報がもたらされたのであった。ZOLELEは鳴らない。その鳴らない楽器を私は買うべきなのであろうか、しばし悩んでいたのであった。
ZOLELEが鳴らないという批評には、うなずけるだけの根拠が用意されていた。ZOLELEを販売するフェルナンデス社はエレキギターを作って売っている楽器メーカーであるため、ウクレレのようなアコースティック楽器の製作には慣れていない。マホガニー製との触れ込みであるが、それが合板であるというのも同時に分かっていたことである。形も一般的なウクレレとは異なっており、響きを作るという点で不利なのも確かであろう。
つまり純粋にウクレレを楽しむなら、ZOLELEではない同価格帯のオーソドックスなものを求めるのが明らかによいのである。ZOLELEは定価19,800円である。イシバシ楽器三宮店では17,820円の値がつけられている。果たしてこの鳴らない楽器を17,820円(と消費税)を出して買う価値があるかが争点となっていたのである。
ここで私が思ったのは値ごろということである。
ウクレレはいくらお気軽手軽とはいえ間違いなく楽器である。ものによれば十万二十万の値がつくこともあるのだ。これを私の昔やっていたサックスにあてはめて考えてみると分かりやすい。私のサックスは定価約三十万。ものによっては百万なんて値がつくのである。ビンテージで百万、高級機種のスタンダードなら三十万から四十万。エントリーモデルが十万、それ以下の形がとりあえずサックスというのなら数万で買えるな。七万のアルトサックス(本当にある)は高級機種の五分の一の値段である。ふむふむ。
プロの使用に耐えるウクレレが十万ぐらいというのなら、二万円ならその五分の一程度である。定価二万円以下のZOLELEの鳴りが悪いのは当たり前なのである。ここさえ履き違えなければ、私は納得することができるだろう。
解決した。私はZOLELEとともに歩むと決めたのである。楽器というのは、新しいうちは鳴らないのが普通なのである。鳴らないZOLELEも弾いているうちに少しは鳴るようになるだろう。なら短いスパンで考えるのではなく、長い目でこの象さんと付きあっていこうじゃないか。
そして私はZOLELEを買うと決めたのである。問題はZOLELEが市場にあるかどうかであった。
残念ながら楽器店にZOLELE在庫を問い合わせたメールの結果は返ってこなかった。いやそりゃ楽器屋が悪いんじゃなくて、返事の来るのを待ちきれない自分が悪い。日曜夜に楽器屋にメールを出して、水曜にはもうZOLELE購入を決定していた。買うと決めていた私は、その決心が鈍らないよう職場の面々に象型ギターとウクレレについて、あれは素晴らしいものだと触れ回っていたのだから。
資金はなんとか用意でき、後は大阪に仕事で出た帰りに梅田ナカイ楽器へ出、そこでなければイシバシ楽器三宮店に行ってみるつもりであった。なにしろイシバシ楽器三宮店のWebサイトではZOLELEがしっかり記載されている。無ければ無いで仕方がないが、行ってみる価値はあるというものだった。
仕事は五時に終わる。大阪には五時半までに着けるだろう。グランドビル店に行って三番街店に行って、無ければ三宮である。イシバシ楽器閉店時刻である八時までには余裕で間に合うだろう。
だがここにも青天の霹靂が。仕事が五時に終わらず六時あがりとなってしまった。やばい、スケジュールが狂ってしまった。だがもう今日買うと決めたのである。明日に送りたくはなかったのである。強行軍となることが予想されたが、行くと決めたら私はとまらないのであった。
まずはナカイ楽器グランドビル店に行くことに決めた。理由はさしてない。こっちでウクレレを見たことがあるからというだけの理由である。いいかげんなものだ。
グランドビル店は、阪急グランドビルの三十階にある。高速エレベータで三十階まで行くと、真っ直ぐ梅田ナカイ楽器に向かったのだった。その向かいには紀伊国屋書店のコミック専門店があるが、まったく目を向けず、目を向ければこちらに入りかねないのである。なので顔を右向きにして、左紀伊国屋は見ないようにしたのだった。
グランドビル店入り口には、ウクレレ・キングダムでZOLELEと比較されていたマーチン・バックパッカーが吊り下げられていた。細いボディはしゃもじくらいの大きさしかなく、一見して鳴らないだろうことが予想される。そうかZOLELEはこの楽器にとんとんなのかと少々ダメージを受けながら、ウクレレスペースに入ると、自分で探す前に店員に問いあわせてみた。
象型のウクレレありませんか?
すると無いとの答えであった。限定生産品でもうメーカーにも在庫がないとのこと。生産終了してから人気が出てきてるんですよと、兄さんは教えてくれた。いやもしかしたらその人気、問い合わせというのは、私の送ったメールのことなんじゃないだろうか。だったらすまん。それ私だ。
兄さんと話をしていたら、そばにおばさんが出てきて、すっかりお客さんと思っていた私はその人がこの店の偉い人みたいなので驚いてしまった。フェルナンデス社に問い合わせてみてくれたらしい。象以外のウクレレじゃ駄目かと聞かれても象が欲しいんだから仕方がない。どうしても欲しいんなら、中古でも探してあげるからまたその時は遠慮なく言って欲しいと、ありがたい言葉をちょうだいすることができた。
三番街店にもないことを確認した私は、このまま急ぎ三宮に旅立つのであった。親身に聞いてくれたナカイ楽器はいい店だと思ったので、もしいつかエレギZO-3を買うときには、ここで買おうかなんか考えて店を後にした。
阪急グランドビルから梅田駅まで駆けるようにして急ぐ私は、駅改札で発車したばかりの特急を見送るのであった。いやいや、まだ時間には余裕がある。六時五十分の特急に乗れば七時十五分くらいには三宮だろう。
しかし思惑通りには行かなかった。いや、電車は時刻通りに着いたのであった。しかし私は三宮は不慣れである。イシバシ楽器の入っているセンタープラザとやらがすぐに見付かると踏んでいたのが間違いだった。
センタープラザってどこですか? 私は迷いながらも駅の案内板をまず見付け出し、センタープラザ方向に再び急ぐのであった。
だけど三宮って分かりにくい。センタープラザ近くに来ても、どれがセンタープラザか分からないというのはどうしたことなんだろう。普通のビルかと思っていたらアーケードみたいにもなっていて、仕方がないから適当な店に飛び込んで、自分がどこにあるのか聞いてしまった。そうしたらやっぱりセンタープラザだというので、後はなんとか案内板を見付け出して、石橋楽器発見ですよ。また駆け出すようにして急ぐのだった。
イシバシ楽器三宮店に着いたのはいいんだけれど、今度はウクレレ売り場がわからない。二周くらいしてようやく発見したウクレレコーナー、数々のウクレレコーナーの中にZOLELE発見ですよ。目の前で誰かに奪われても困るので、手近の店員を捕まえてZOLELEくださいと告げること、まさに速攻であった。
でも値段はちゃんと確認してたんですよね。17,820円覚悟だったのが、11,880円まで値下げされていた。こいつはラッキーです。あまりに売れなくって、店でも困っていたのでしょう。なんと四割引で購入することができました。
あんまりに嬉しかったので、替えの弦と教則本を買おう。替えの弦は、GHSの黒と決めていた。私にこだわりがあったのではなく、ウクレレ・キングダムオーナーがZOLELEに張った弦がこれだったからというだけの他力本願な理由。でもいいんです。初心のうちは人を真似るしかないんですよ。
教本の方は残念ながら買おうと思っていたものが無く断念。ただつじあやののウクレレソングブックがあって、ちょっと欲しくなってしまった。つじあやの、好きですから。
会計を済ませてから、ZO-3の数々を物色。テルミン内蔵モデルはいずれレアになるとは思ったけれど、その前に売れなさそうなので自分は買わずにおこうと思ったりして、そして帰り道にジュンク堂三宮店で目当ての教本を探すのだった。
目当ての教本とは、岩波アクティブ新書に収録されている『高木ブーの楽しくウクレレ』。著者は言うまでもなく高木ブーだ。これをブルーバックスに入っていると思っていた私は見つけられず、店員さんに聞いたらすぐに出してくれて嬉しかった。探している本がすぐに出てくるというのは、本当に嬉しいもんだと実感して、その力のいいかげんに抜けた店員さんに本当に感謝であった。
帰りの電車で早速『楽しくウクレレ』を熟読。けれどドリフターズ時代の話ばかり読んでどうしようってんだろう、自分。
続く
< なぜZOLELEを購入するに至ったか ZOLELEという楽器 >