シリーズ 旅行けば香港

マカオ寄港編

香港・マカオ三日目行程

日曜日
港澳碼頭新港澳碼頭ペンニャ教会媽閣廟セナド広場聖ドミンゴ教会昼食聖ポール天主堂跡モンテの砦観音堂新八佰伴新港澳碼頭港澳碼頭夕食

香港、二度目の朝を起きる

 旅先なので、今日も早起き。朝まだ肌寒いうちに起きだして出立です。本日の目的地は澳門、高速船に乗ってさらなる外国への出発。高速船の乗り場は、その名もマカオ・フェリーターミナル、――ここはホテルのある上環に位置しているので、歩いていけるのですよ。よって、歩いていくことに決定です。

 上環には食の都香港を支える問屋が集まっています。出発したときにはすでに町は起きていました。大きなトラックが止まって、重そうな米の袋が次々運ばれています。米の種類はインディカ米――長粒種、いわゆるタイ米でありまして、これが香港の米の主流です。米問屋のほかに印象に残ったのは、乾物を売る店。これは問屋でもあるのか、それとも普通の店なのか、乾し貝柱やあわび、その他乾物がいろいろ取りそろえられていて、中華の味の基本はここでほぼすべてそろうんじゃないだろうかという感じでした。でも残念ながら、これから澳門に行くのでありますので、買い物はしていられないのです。

太極拳をする人太極拳ズームアップ フェリーターミナルへの道程、途中右手に広い空き地がありました。数年のうちには、きっとここにも大きな建物が建つと思うのです。でも、今はなにに使われるでもなくただ空いているという感じでいました。そこに見たのが二人の人物。一人はなんとなく朝の散歩のついでにたたずんでいるという感じなのですが、もう一人の人物が太極拳をやってる! おお、太極拳をやってる! 思いがけず、香港旅行の目標を達成ではないですか。実は太極拳は冗談だったんです。まさか見られるだなんて思ってもいなかった。

 他には、クリスマス飾りがにぎやかな消防署を見ました(消防署もクリスマスなんて、なんだか楽しそうです)。陸橋の屋根付き階段の踊り場に寝泊まりしているおじさんを見ました(香港はそんなに寒くないので、あまり辛くなさそうです)。そして、フェリーターミナルへ向かう人たちを見ました。澳門にいく人は多そう、――そして僕もそのうちのひとりなのでした。

港澳碼頭、さらば香港

 フェリーターミナルには、たくさんの店が入っているのです。軽食堂や、時計屋眼鏡屋の類い、そしておもちゃ屋もあってそこにはゲッターロボの超合金があったのでした。なんで、ゲッターロボ? それも僕の一番好きな無印ゲッターロボだったので、正直心がちょっと揺れてしまいました。朝もまだ早かったために、店がまだ閉まっていたのが運命の分け目であったといえましょう。

フェリーターミナル内、クリスマス飾り さて、ここマカオ・フェリーターミナルからは、澳門へ行く高速船が出ています。おそらくこれが、澳門に行く最も一般的な手段であると思われます。いうまでもないことですが、澳門は香港から見て紛れもない外国なので出入国審査がありますので、時間に余裕を持って行動しておいたほうがよい。というわけで、店もまだ開いてないような時間に到着したのでした。チケット売り場もまだ開いてなかった、――早すぎたかな。

 チケット売り場が開くまで、手持ちぶさたであたりをぶらぶらとしていましたが、見るものがなくってちょっと退屈。トイレにいってみたりして、結構文化的トイレだったので安心したりしているうちにチケット売り場が開いたので、いざ行列に参加したらばなんと手持ちがチケット代に満たない。困った、クレジットカードを使うしかない。自分の番が来てカードは使えるかと聞いてみたら、一番右側の窓口にいってくれといわれました。

 いわれるままに窓口に向かえば、そこは並ぶ必要はありませんでした。だって、まだ開いてなかったんです。けど、この窓口、どこにもクレジットカードうんぬんといったような記載はありません。本当にここで正しかったんだろうか? 聞き間違えたか? 案内の不備か? と多少不安を募らせたころ、窓口が開きました。クレジットカードは使えますか? と聞いたら、使えますとのこと。よかった、無事チケットを買うことができました。

 チケットが買えれば、後は出国手続きです。カウンターの開くのを待って、開いたらまたちょっと行列。でも、そんなにお客さんいなかったからすぐでしたけどね。香港入国の際に書いておいた出入国カードの出国分がとられて、出国、乗船。船内は結構広くて、飛行機みたいな感じだった。ちなみに、船はジェットで走ります。船脚は速く、あっという間に香港を遠ざかって海の真っ直中。これだけ速く走ると、船特有の揺れなんてものはないのであって、酔うという心配もないでしょう。安心して、新しい出入国カードを書くことができました。

 一時間ほど走れば、じきに澳門が見えてきます。船が止まれば、今度は入国審査。カウンターを抜ければ、そこはまさに澳門の地なのであります。

澳門に上陸、空は晴天

新マカオ・タイパ大橋 香港を出発して一時間ほどが経過。無事、澳門に到着いたしました。マカオ・フェリーターミナルは空間が広く空いてがらんとした感じ。まだ朝が早くて、街が起きだしていないという感じなのでしょうか。ターミナルから出れば、左手には澳門とタイパ島を繋ぐ長大な新マカオ・タイパ大橋がずっと遠くまで延びて、なんだか不思議な感じさえするのでした。

 不思議といえば、歩道橋を渡ろうとするその時に発見した、新八佰伴。えーっ、ヤオハンってつぶれてなかったっけ? 死んだはずだよお富さん、じゃなくて、復活してたんですね八佰伴。ちなみに、フェリーターミナルと新八佰伴は繋がっていますので、僕みたいに一旦地上に出て、車道をうろうろしてまごまごすることもありません。といっても、この後にタクシーを探して、またまごまごしたのですけど。

 目的地が決まってるのなら、フェリーターミナルでさっさとタクシーを拾っちまいましょう。でも、輪タクはいたけどタクシーなんていたっけ? 場所間違えてたのかなあ。

紺碧の空を背負ってペンニャ教会

 フェリーターミナルを出て、タクシーを探してうろうろすること小半時ばかり。随分時間と体力をロスしながら、ようやくタクシーを拾うことができて一安心。ペンニャ教会へいってください―― すると、タクシーは大通りを抜け、海沿いを走り、大きな建物の並ぶ坂道を上っていったかと思うと、教会の入り口ぎりぎりまで直接乗りつけてくれました。

ペンニャ教会ファサード ペンニャ教会は、ペンニャの丘の頂上に建つ教会で、教会そのものも美しいのですが、丘からの眺めもまた美しいのです。教会に入る前に、展望台みたいなところをいろいろまわって景色を見ていると、親切そうな日本語をしゃべるおじさんが、あれが中国大陸だよだとか教えてくれていい感じなんだけど、ちょっと警戒モード。多分、土産物を売ってる人が休んでいたのだと思うんですけど、なんか胡散臭かった。でもおじさんのおかげで、海を挟んで向こうに広がる中国大陸を、それと分かって見ることができた。おじさん、ありがとう、感謝しています。

孤独に立つタワー 景色は教会の前庭からも見ることができ、こちらからは澳門中心部と海に臨んで立つタワーを見ることもできたのですが、ここでの見どころは教会そのものでした。石造りの、簡素な教会なのですが、それが朝日に照らされて美しく堂々としてあるのが素晴らしい。紺碧の空を背負って揺るがず、白くその正面は輝くようでさえありました。本当に美しかった。

ペンニャ教会内部 聖堂に入れば、ここもまたこぢんまりと清潔で美しく、でもそれは厳粛さに押しつぶされそうな感じはまったくなくて、明るく柔らかく、穏やかにほっと安心できるような空間でした。教会にもいろいろあります。巨大な天を志向しそびえ立つ教会、地にあって人の子の安息を育むかのような教会。この教会は、後者の方であるなと感じたのでした。

 ちなみに、ガイドブックによれば、この教会は海の聖人ノートルダム・ド・フランスを祭っているとのこと。やはり港町、澳門にとって海の守りはなにより大切な祈願だったのでしょう。オランダ艦隊に攻撃されて逃げ延びた船員、乗客によって建てられたという故事もなんだか不思議な感じもします。きっと、神の加護を感じ、それをなんらかの形で表したいと思った信仰心が、この教会なのでしょう。カトリックの教会なので、マリア様もおわします、キリスト・イエスももちろん。建てられたその環境も申し分なく、いってよかったと素直に思える場所でありました。

 しかし、僕は宗教施設を回らせておけば満足するようです。単純ですね。

丘を下り、媽閣廟に向かう

 ペンニャ教会を辞し、次の目的地、媽閣廟への道程をたどればそれは、道の両脇に大邸宅の並ぶ高級住宅街から、海沿いの緩いカーブを描く大通りに繋がる、ゆったりと流れる時間でした。住宅地は、皆バラ色の塀に囲まれて、なにかおとぎの国の風情。おそらくこれは旧宗主国であるポルトガルの影響なのでしょう。閑静な中に愛らしさのひそんで素敵な空間ができあがっていました。中国領事館なのか、テニスコートなんかもあって、上流階級の空気。ちょっと肌に合わないと思いながらもほっとするのは、きっと憧れの印象のせいでしょう。

レストラン壁面のクリスマスツリー 丘をくだりきれば、後は海沿いの道。途中までは高級住宅地の雰囲気があったのが、徐々にその色を薄れさせて、雑多な庶民的空間に変質していきます。地面がただのアスファルトじゃなく、くねくねと蛇行する模様に彩られていたりして、なんだか楽しい。外壁に大きなクリスマスツリーを掲げた店もありました。生活者の空気はあまり感じられなかった区域でしたが、でも確かに生活を楽しもうという片鱗が見えたりするのが面白かった。なににせよ、静かさ穏やかさが先に立つ、ゆったりした場所だったのでした。

 さてそんな雰囲気も、澳門の名前の由来となったともいわれる媽閣廟に近付くにつれて、にぎやかで活気のあるものに変わってきました。媽閣廟(マコウミュウ)、船乗りの守り神、阿媽を祭る寺院です。

媽閣廟をぐるぐる歩いた

媽閣廟 海辺の道沿いに歩いていると、突然現れる媽閣廟。澳門最古ともいわれる寺院でありまして、いろいろに装飾の施された小寺院群から文字やジャンク船の彫られた岩がひしめく、見て回るだけでもすごく楽しい場所です。道教なんでしょうか、仏教なんでしょうか? 観音様も御座すところを見ると仏教なのかな? 詳しくは分かりませんが人気の観光スポットであります。たくさんの人が訪れていました。

ジャンク船の浮き彫り ガイドブックによれば、ここでの見どころは境内にある極彩色のジャンク船浮き彫りなのだそうです。ガイドブックを見ず、知らないままにめぐったにも関わらず、しっかりその船を写真に撮ってきたのですから、とりわけ目を引いて見事なのは間違いなし。でも、僕には境内至るところにぶら下がっている、螺旋形の巨大な線香が面白かった。もうもうと煙をあげてるんだけど、数の多さのわりにはあまり煙たくないので、日本の線香とはどうも作りが違うみたい。日本の線香の方が早く燃えるようでもあります。また、浄財なのでしょうか、洗面器に水が張られたその中に、お金がたくさん入れられていたのも印象的でした。お金といっても、硬貨だけじゃなくて紙幣もですよ。今までいろんなのを見ましたが、こういうのははじめて見た思いがします。ともかく、中国的風物の中にダイナミックさが顔をのぞかせて、先ほど訪れたペンニャ教会とはまったく違う雰囲気が対照的。こういう多様な宗教施設が並存している澳門という土地(アジアと言い換えてもいいかも)の懐の深さが味わい深かった。

巨岩、文字 さてさて、媽閣廟ですごかったのは線香や建物だけじゃありません。なにがすごいといっても、巨岩に彫られた文字でしょう。力強い筆致が、赤く彩られてがつんとそこにある。夜になったら多分ライトアップをするのでしょう、ライトアップ装置があったりするのもここが見どころであると証拠だてています。いや、巨岩に大文字だけじゃなくて、漢文が彫られた岩もそこかしこにあって、読めればきっと面白いと思います。文字大国中国の面目躍如たる痕跡、――文字大好きの僕には、もううはうはです。

 ところで、こういう宗教施設には物乞いの方々がいらっしゃることが多いのですが、それは媽閣廟も例にもれず、たくさんの方々がおちこちにいらっしゃいました。おそらく彼らを通して、財や業は浄化されるのでしょう。合掌。

セナド広場へきりきり急げ、バスはどこだ?

 実をいうと、今日は朝からなにも食べていないのだ。ホテルに朝食がないというのも悪いのだが、朝急いだからだ。なにかおいしいものを食べなければ、やりきれるもんじゃない、――馬鹿なことをいっていますが、この日朝食をとらなかったのは本当。ホテルを早朝に出たうえ、急いでフェリーに乗ってそのままだったので、まったく食事をとるということを考慮していませんでした。それでもお腹は空くので、行きの空港で買った素直の残りをちびちび食べながらしのいだりしたのですが、さすがにそれではもうもたなくなってきています。というのも当たり前。すっかり日も上りきって、昼過ぎなのでありますから。でも残念なことに、今いる媽閣廟近辺には食事を提供する店らしいのはないんですね。だから、なんとしても澳門中心地に向かいたいところ。目指すはセナド広場。いや、セナド広場でなくてもいいんですけど、やっぱりセナド広場は澳門の中心といってもいい場所ですから。

 ちなみに澳門の名物料理といえば、旧宗主国であるポルトガル料理。澳門はよいポルトガルワインが安く買えることでも有名で、こう来ればやっぱりポルトガル料理をいただきたく思うのが人情でありましょう。きっと中心街にさえ出れば、よいレストランが見付かるはず。もう歩き疲れたので、とっととバスでも見つけて乗ってしまいたい。なので、まずはバス停を見つけるのが先決なのであります。

港町、澳門 媽閣廟を離れてしばらく歩くと、香港でも見たような小さなバスが幾台も停まっているターミナルみたような施設が見えてきました。行き先案内の看板がいくつか並んで、確かにこれなら中心街へいくバスもありそうです。でも、一体どのバスに乗ったらいいの? 案内は確かにあるんだけど、見てもよく分かんないんですよね。間違って変な行き先のバスに乗っても困るので、どうしようか迷いながらそのへんをうろうろ。お腹は減る、乗るべきバスはわからない。もう、ターミナル側の店にでも飛び込んじまおうかという思いもよぎりましたが、いや昼はポルトガル料理なんだと思い直して、バス停に併設する運転手のたまり場みたいなとこに行って、問い合わせてみることにしました。どのバスに乗ったらええのん? そうしたら、一番手近なバスでいいとのこと。適当に乗って待ってたら、直き運転手が乗り込んできてバスは出発。ふう、これで安心。行きすぎる風景に気をつけてさえいれば、きっと澳門中心街、新馬路へと連れていってくれることでしょう。

セナド広場に到着

セナド広場 香港もさほど大きくはないのですが、澳門はさらに輪をかけて小さい。バスに乗ってちょっとは知れば、すぐに中心街に着いてしまったのでした。澳門中心街のさらに中心は、先ほどから何度も連呼しているように、セナド広場です。道は奇麗に波模様になるように舗装されていて、店もたくさん、人通りもたくさんありました。加えて、クリスマス前だからか、頭上には電飾が張り巡らされていて、きっと夜になればすごく奇麗なはず。

聖ドミンゴ教会ファサード さあ、ここまで来たんですから、お昼ご飯ですよ。と思って、広場を中心にあたりをうろうろしてみるんですが、お目当てのポルトガル料理を提供する店というのが見当たらないのですよ。いや、お目当てといってもどこと決めていたわけじゃなくて、現地で適当に見つけるつもりだったんですが、それにしても見付からない。弱った、弱ったなあ、と思いながら適当に歩きながら、適当なお店を適当にリストアップしながら、どんどん時間ばかり経って、ついに見つけたのが聖ドミンゴ教会。広場からちょっと歩いたところにあった、こぢんまりしたクリーム色の教会で、真ん前に電飾のクリスマスツリーまで建ってて、すごく優しげな雰囲気だった。

 教会を見たら、入ってみないわけにはいかない――こうして、お腹の空いたことも忘れて、引き寄せられるように教会に入っていくのでした。ああ、なんという信仰心。……ごめんなさい、嘘です。宗教的景物が好きというそれだけの理由でした。本当は、ものすごく罰当たりな人間なんですから。

聖ドミンゴ教会、安穏なる場所そして宗教的小景

聖ドミンゴ教会内部 教会の門をひとたびくぐれば、つい先ほどまでの喧騒から離れた、静かで穏やかなる場が広がっていました。ファサードの与える印象と同様、教会の内部もクリーム色の壁に囲まれた優しげな雰囲気が満ちて、やわらかな光に包まれていました。会堂の椅子椅子の通路側には、一列に真っ白の風船が飾られて、おそらく表のクリスマスツリーと同様に、今を特別の時期であると告げているのでしょう。

 この教会、外からはこぢんまりとした感じを持っていたのですが、中は意外に広く、また天井もかなり高くて、広々としていたのでした。会堂奥には幼子イエスを抱くマリア像がましまして、このマリア様も、やわらかな雰囲気を持っていらっしゃるのでした。教会の全体的に、優しげな雰囲気が支配しています。そして、内陣のかたわらには、小さな祭壇とそしてイエス誕生のジオラマが作られているのでした。

 さて、この教会、これで終わりではありませんでした。会堂脇に設けられた入り口から、さまざまの像や絵画、資料が展示された別館(?)を見学することもできたのです。以前イタリアを旅行したときは、聖セバスティアヌスがなにより印象的だったのでありますが、ここ聖ドミンゴ教会ではむしろ聖ルチアの方が印象的でした。盆もしくは杯に自分の両目を持った女性が聖ルチアで、光そしてそのもの目の守護聖人です。彼女の像や絵画が多かったのですよ。もちろん、主イエスの像、聖画もたくさんありましたよ。でもむしろ印象的だったのは聖ルチアでありました。もしかしたらこれは、この教会とこの日を取り巻く明るい光のためだったのかも知れません。

 ところで、ここに保存されていた像や絵画は、どことなくアジア的な要素が同居していたりもして、我々にも馴染みやすかったようにも思います。とはいってもやっぱりキリスト教的であるのは間違いないのでありまして、受難殉教の主題があるためにキリスト教及び西洋には馴染めないといっていた私のお友達なんかには、きっと勧められない場所ではあったと思います。

 後に知った話によれば、こちらの展示品の中は聖ポール天主堂のものだったものもあるそうです。道理でか、破損したものもたくさんありました。理由を知ればなるほどです。いや、それが本当に聖ポール天主堂のものだったかは定かではないのですが。

昼食は図らずも越南料理

 ぜひポルトガル料理を、と思いながらさまようも、一向にポルトガル料理店は見付からないのでありました。いやもしかしたら、分からなかっただけで側にあったのかも知れません…… でも分からなかったのは仕方がないので、聖ドミンゴ教会周りをうろうろしながら、途中で見つけた現地料理を提供するらしい店に入ることにしました。

 なぜその店に決めたかというと、さしたる理由はないのでした。店頭にメニューとディスプレイがあって、どういうものが提供されるかが大体分かったことと、きっとこの地域の料理を出してくれるだろうという期待からでした。というか、とにかくお腹が空いていたのです。なんでもいいから食べたかった、といっても選り好みは結構激しいのですが。

 店の入り口に置かれたメニューには、越南料理の文字がありました。越南、越南、聞いたことがあるなあ。この辺りの地域だったかなあ、なんて考えながら店に入って、入店時にある程度決めていた料理を注文。麺と揚物を頼みます。そして、料理を待っている間に思いだしました。越南ってベトナムだ! 全然澳門じゃないよ。なんと、生まれてはじめてのベトナム料理は澳門でいただくことになったのでした。

ベトナム料理店、玄関前にて さて思いがけずいただくことになったベトナム料理の味はといいますと、ちょっと癖のある風味が独特ですが、薄味で結構おいしかった。店もこざっぱりしていて、店内も店員もベトナム風の装いで雰囲気は満点。望みのポルトガル料理とは随分趣向も傾向も違った食事となりましたが、むしろこれはこれでよかった。値段も押さえ目、ベトナム料理、かなりよいですよ。

 食事を終えて帰り際に、店の表でお客の呼び込みをしていたお嬢さんにお願いして、写真のモデルになってもらいました。普段は強いて人を被写体にはしない僕ですが、このときは特別。素朴でしっかりとした、芯の強そうなお嬢さんで、ちょっと照れ臭そうだったのが印象的でした。

聖ポール天主堂跡にゆく

聖ポール天主堂跡 十七世紀に建立された聖ポール天主堂。本場ヨーロッパの大聖堂に負けないほどの規模と偉容をたたえていますが、残念ながら1835年の火災で焼け落ちてしまい、現在はファサードと礎石から当時の姿を思うしかありません。門をくぐると、おちこちに見える基礎の跡が侘びしげで、けれどその合間合間には緑の草があって、一風のどかささえ感じるのでありました。

 聖堂跡を奥までゆけば、祭壇のあった辺りから地下に降りることができます。地下は最近作られたのだろう部分と、昔のままの部分が共存して、ちょっとしたミュージアムになっています。けれど、ミュージアムといっても美術品があるわけじゃありません。内陣下はがらんとして、聖堂が焼け落ちた当時がそのままに保存されているようで、その左右には人骨が山と安置された、不思議な空間が形作られています。絵も何点か掛けられていて、中には日本は長崎におけるキリシタン弾圧の処刑図なんてのもあったのですが、どう見てもちょっと中国風で日本という感じはしません。でも、日本のキリスト教に対する風当たりというものが、このマカオにまで伝えられていたのでしょう。意外なところで意外なものに出会ったのでした。

 聖ポール天主堂を跡にするときは、今まさに生きて動いている教会を辞すときとはまた異なる感慨がありました。どちらかといえば侘びしさ、物悲しさです。

大砲がたくさん、モンテの砦

モンテの丘を登る 澳門の中心地、セナド広場周辺にはたくさんの見どころがあって、モンテの砦もその一つ。市街の真ん中にある小高い丘に、十七世紀の要塞が残されているのです。緑の中に緩やかに続く遊歩道みたいな上り坂を進んでいくと、城壁が見えてきて、周辺には観光客や現地の人たちが思い思いに散歩したりしているのも目に付いて、ここが戦いのための施設だったとは信じられないのどかさがあります。砦に向かう途中で小鳥の散歩中の男性を目撃、本当に鳥の散歩ってのがあるんだとちょっと感動しました。以前中国語を習ってるときに、liuniao (liuは留にしんにゅうという日本にはない文字、niaoは鳥です)という語が出てきてまして、それが「小鳥を飼っている人が小鳥の運動のために鳥籠をもって歩くこと」という意味なのだそうです。それを目の当たりにできたわけです。ちょっと嬉しかったのでした。その男性は若い人だったので、特に老いた人の楽しみというわけではないようです。

居並ぶ大砲 ともあれ、砦の中枢に近付いていくと、城壁の合間に砲門が並んでいるのが見えてきました。この大砲には、かつて攻め込んできたオランダ艦隊を追い返したという逸話が残っていまして、砦における象徴的オブジェであります。けれど、こういった大砲とか特徴ある城壁とかを除けば、ここはもう平和そのものの空気、心の安らぐ公園のような空間でありました。散歩してみたり、腰を落ち着けて周囲、澳門の景色を展望してみたり、うららかな日にあたってみたりと、ゆったりと流れる時間を楽しむことのできる、日常と非日常の合わせ目のような場所でありました。

 砦近くには博物館もあったのですが、そこには寄らず立ち去りました。大きくて立派な建物で、戦争に関する特別展は興味深いものだったのですが、あえて立ち寄ろうという気になれなかったのです。

モンテの砦から観音堂へ――歩く

 モンテの砦を跡にして、帰りのフェリーまでの時間はまだたっぷりあったので、観音堂へ行ってみようかという話になるのでした。他にも見どころはあるのに観音堂。つくづく宗教施設が好きときていますね、無宗教者のくせに。ともあれ、モンテの砦から観音堂までは一キロも無いのでありまして(多分)、これくらいの距離ならば苦もなく歩くのであります。

観音堂への道程 地図を見れば、モンテの砦から観音堂まではほぼ一直線に道が出ているので、迷う心配もなさそうです。セントポール天主堂跡からぐるりとまわって、まずはモンテの砦のある丘の裏手に向かいます。ここには複数の道が集まって放射状に広がるので、ここさえ間違えなければ後は自動的に観音堂につくという算段です。辻にたどりついて、地図をよく確かめて道を選択。後はもう放っておいても観音堂、――のはずがなんだか様子が変でありますぞ。というのは、正しい道を通ったならば絶対出会うはずもないセント・ミッシェル墓地が左手に現れたのでした。おっかしいなあ。けれど間違いは間違い。後戻りする必要はありませんが、ちょっと遠回りになってしまいました。

 気を取り直して道を再び進みます。このまま道を行けば、左手に盧廉若花園(ロウイムイオック庭園)が現れるはずなので、それを目印に左折して、観音堂への道を探せばいいのです。道なりにゆけば、直きに盧廉若花園が現れました。具体的にそうかどうかは分からないのですが、植物が茂る様はきっとここが庭園であることを示しているに違いありません。

 この辺りは、道幅もそこそこあり車もそれほど通らない閑静な地域なので、ゆったりと周りを見回しながら歩くことができて快適です。道の雰囲気も良い感じでヨーロッパしていて、実に感触がいい、天気もいい、気分がいい。以前イタリアに行ったときの、圧倒的な文化歴史の重圧に圧倒される感覚も素晴らしかったですが、澳門のおっとりとした感じもまた素敵です。僕は厳しいヨーロッパに憧れるものですが、それでも澳門のこの優しげな空気は心地よかった。後になってよさが沁みてきています。

 さて庭園の角を左折し、地図と道を比べながら恐る恐る右折。果たしてその突き当たりに観音堂が見えてきたのでした。思ったよりも小さくて、なにより古かった観音堂。さあ、入るといたしましょう。

観音堂、小さくそして奥深く

 観音堂といえば日本にもその類いがたくさんありますが、やっぱり香港澳門のものとなれば、ちょっと味わいが違います。建物の随所にみられる装飾彫刻の類いが、実にオリエンタル。いや、日本も東洋には違いないのですが、日本の枯れた侘び寂の美とは違い、色褪せながらもドラマチックな躍動感があって面白い。こまごまとしている、活き活きとしている、もうさすがに古くなって落ち着いているんだけど、建造当時はさぞかし派手だったのだろうと思わせるのです。

観音堂 入り口をくぐった先には内陣が見えます。内陣を要として両翼に意外な広がりをもって観音堂は、思わぬ懐の深さを見せてくれたのでした。内陣に帰ると、そこにはやはりぐるぐるの螺旋状になった線香がたくさんつり下がっていて、その数の分だけの願が掛けられているのでしょう。ロウソクが燃えている、菜箸みたいな線香も渦巻きの線香も燃えていて、煙こそもうもうとたっていますが、それが場にふさわしくて、敬虔な場所になっていました。

 とはいっても、人の多くにぎやかな雰囲気はここも他と同様であって、地元の人なのか観光客なのか、たくさんの人が参拝に訪れておりました。キリスト教会とは違う、土着の宗教観というのが随分と強く残る、ソフィスティケートされる以前の気安さが感じられる。この感覚というのは、我々がアジアに感ずる郷愁そのものであって、あるいは子ども時分から西洋に憧れ続けた僕が排斥しようと努めてきたなにかなのかも知れません。今となってみては、排斥だなんてとんでもない。アジア的なるものは、西洋的なるものと同等に素晴らしい、と思えるようになりました。ある意味、キリスト教会と観音堂が等質に同居している澳門の在り方に近くなっているのではないでしょうか。

いざ新八佰伴

新八佰伴 ちょっと時間が押していたので、観音堂からはタクシーで帰ってきました。そうしたらあっという間にフェリーターミナルに着いてしまって、時間ばかりがやたらある状態。どこかで時間をつぶさなければ…… そうだ、新八佰伴へ行こう。死んだはずだよお富さん、つぶれてもうこの世にはないと思っていた八佰伴があるということに多少の感動を覚えつつ、新八佰伴への通路をくぐるのでありました。

 といっても、あまり買うものもないんですよ。やっぱり八佰伴はデパートなので、服とかいろいろ売ってるんですけど、特に澳門だから、というようなラインナップではなくて、実に日本のデパートと変わりない。なので、一階のカフェーでコーヒーをいただいたのでありました。

 コーヒー――それはヨーロッパ大陸の飲み物。苦く深く、そしておいしい。イタリアに行ったときのコーヒーはそれはそれはおいしかった、と思ったら、八佰伴のカフェはポルトガル仕込み(澳門は旧ポルトガル領です、しつこくいいますが)。かなりいけてました。雰囲気も非常に近代的で奇麗で、アジア的猥雑さはもう微塵もなくなっていて、おしゃれの一言。一時間余りを、ここでつぶすことができました。

 ついでに、トイレの場所を聞くために、店員さんとコミュニケーション。二階にしかないというのですが、そのやり取りはほとんど言葉を必要としなかった。なんてのは、どうでもいいのですが。

 ああ、あのコーヒーはおいしかった。日本にも、こういうコーヒーを提供してくれるコーヒー屋があってもいいのになあ、なんて思った一時でありました。

免税店でワインを買うのだが、なんだか失敗してしまった話

 新八佰伴カフェーを出てフェリー乗り場に行くも、出発までには三十分ほどの余裕があります。というか、わざわざこの余裕を作ったのですね。というのも、免税店で買い物をしたかったから。目当ては、澳門名物のポルトガルワイン。というわけで、フェリーターミナル内の免税店に急ぐのでした。

 免税店には、まあどこの免税店でもそうなのでしょうが、酒類、お菓子の類いがたくさんあって、澳門だからなのか、とりわけワインがたくさん置かれていて実にいい感じなのでした。たくさん積み上げられて、お勧め品、みたいな扱いのものもあって、なんか楽しい感じ。でも、ポルトガルワインがあるそれ以上にフランスワインが売られていたのでした。

 さて、これだけワインがあるとどのワインを買ったらいいのか全然分からないのが、無教養のワイン飲みの悲しさ。ポルトガルワインは、適当に勘に基づいてよさそうなのを選んだのですが、できれば本当のお勧めというのが欲しい。というので、お店の人にどれがお勧めですかと聞いたら、Château Branaire Ducruを勧められました。いやあこれボルドーのやしなあ、できればポルトガルのが欲しいんですがといっても、とりわけこれがお勧めと強くいわれる始末。値段をみれば、474マカオドルなので、7をかければ3500円くらいか、と納得して購入したのでした。

 ワイン購入後は、もう時間いっぱい、出国ゲートを抜けて乗船。船は直に出発するのでした。さてワインはいい買い物だったんだろうかと考えると、はてなんか変だぞ? なんであの時、7なんてかけたんだろう。つうか、香港ドルっていくらだっけ、……約14円です。ということは、474*14=6636円。約七千円だ! 7って、イタリア旅行中のリラの円換算じゃないかーっ。

 というわけで、思いがけず高いワインを買ってしまったのでした。日はいよいよ暮れ始めようとします。

香港に帰国、ホテルへの帰還

 フェリーが港につき、接岸されたときには、もう日が暮れていました。疲れを感じながら、寝起きの頭でとぼとぼと下船。ここはまだ異国の地、香港だというのに、気分はなんだか帰国であります。続々ターミナルビルから吐き出される人波にに連れ立って、ホテルへの帰路につきます。朝通った道。それを逆行するのですが、朝と夜という違いがあって、同じ道とは思えない感があります。

 道の脇にはまだ乾物問屋が店を開いていて、一般小売もしているわけですから、盛んに声を掛けてきます。でも、今回は見送りでした。乾物よりも、すぐ食べられる夕食が重要だったのです。なので、問屋の並ぶ湾岸沿いから市外寄りに道を変え、巨大飯店なんぞをぶらぶら見ながらホテルへ向かうのでした。

 なんか、すごく大きな飯店があるのですよ。メニューと値段が入り口脇にあるのを見れば、結構いい値をしています。中華というのは、安いのは安いが高いのはそれはもう高いのです。高い食事は、昨日九龍の飲茶で充分。安い庶民的な店を探したいと思ったのでした。が、庶民的な店を見つける前にホテルに着いてしまったので、一旦部屋に帰還。荷物を置いて、一服茶など飲んで一息つきました。

 そうだ、おかみさんとちょっと話なんぞした飯店があったじゃないか。一服して思いだしたのは、初日の夜、朝粥売る店を探してホテル周辺を散策したとき、オーナーなのか、元気のいい姐さんと知りあった飯店。あそこならいかにも庶民的だし、なにより袖すり合うも他生の縁と申します。挨拶だけして顔を出さないのも失礼だ。といったような理屈でもって、夕飯をどこで食べるか、決まったのでありました。

香港クリスマスディナー

 ホテルを出て、交通のすっかり少なくなった大通りを渡れば、そこに飯店があります。比較的遅い時間だったにも関わらず、店はまだ営業しています。幸いと入り口をくぐれば、果たしておかみさんはこちらを覚えていてくれたのでした。メニューを持ってきます、そして聞くのが、粥を頼むのかというもの。いや、今は夜だから粥はいいです。ううん、そうさなあ、クリスマス特別の鶏料理というのに、チャーハンと海老入り水餃子を頼もう。一緒にビールも注文、銘柄は青島ビールです。

 最初にやってきたのは、青島ビールでした。乾杯。次いで、赤い卓上ガスコンロがやって来て、アルミでしょうか、銀色の鍋をぐつぐつと煮やし始めました。なかなか刺激的な匂いがします。この中に、クリスマス料理である鶏が入っているのでしょう。でも、まだできあがってない。なので、一人前とは思えないほどに大盛りに盛られたチャーハンと、水餃子をいただきます。したら、この水餃子がおいしい。薄味のスープに海老の身がしっかり弾力をもって、歯に抵抗して後に味わいが広がる。香港という土地は、食べ物のおいしいところだなとあらためて思うのでした。

 さて、鶏が煮えました。鍋のフタを開けるとびっくり。スープが真っ黒です。刺激的な匂いというのは、この香辛料で真っ黒のスープの匂いなのでした。鶏もまたすごい。半分の鶏が、そのまんまの姿で煮えています。鶏のまわりには生姜や人参、ねぎといった、それ自体が具なのかそれとも薬味なのか、味の強めの食材がちりばめられていました。

 食べてみます。

 取り分けた鶏を口にした第一印象は、辛いの一言でした。塩辛いんじゃないんです、香辛料が辛い。それまでの料理とは対照的に、味のひとつひとつが強いんです。鶏で鍋といえば、水炊きみたいな薄味を食べ慣れている自分にとっては、この鶏の味を覆い隠す五香粉の味は強烈でした。でも、まずいってことはないんですよ。これはこれでおいしいんです。ビールの進む味で、汗をかきながら、残さずいただきました。

 食後に、おいしかったとかどうとか、おかみさんとコミュニケーションをして、ホテルに引き上げるのでした。今日はコンビニにも雑誌のスタンドにも寄らず、真っ直ぐ帰ったのでした。

 いやあ、今日は疲れました。


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日々思うことなど 2002年へ トップページに戻る

公開日:2002.01.22
最終更新日:2002.12.23
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