イタリアといえば食の大国。飲み、食べ、愛し、そして歌うという国民性は世界的に周知されています(偏見かも知れんけどね)。ピザ、パスタはいうに及ばず、上質のワインが産し、アイスクリームの発祥の地でもある。最近(最近?)ではティラミスが流行りました。
では、いってみましょう。まずは、軽くイタリアでの食事を思いだしてみましょうか。
イタリアの食事のなにがいちばんよかったかというと、そりゃなんといってもおいしいというところでしょう。ピザにせよパスタにせよ、さほど高くないのにおいしい。加えて量がしっかりあるので、少なくて足りなくて困るなんてことはまずありえません。
イタリアで最初の本格的食事となったのは二日目ミラノの夕食なのですが、まずここで量に驚きました。頼んだのはリゾットとピザだけだったのですが、このピザもリゾットもかなりの量があって、大人三人で食べて食べきれなかったりもしたというのに、まわりを見れば普通にひとりピザ一枚ペースで食べている。若い男女が集まってわいわいやっているテーブルを見ると、すごい量の皿が並んでいて、男も女もまずピザ一枚ずつくらいの勢い。加えてメインディッシュなのか、肉だとかハムだとかか別に存在しています。
ところがこれで驚いていちゃいけない。家族連れを見てみると、子供がかなりの量を食べている、というか、ここでもひとり一皿ペースですね。こりゃまいりました。僕よりも食べてるんじゃないでしょうか。そりゃ、イタリアのおじさんおばさんはグランデになるわけです。
ちなみにここで頼んだリゾットというのは、ミラノ風(ミラネーゼ)と呼ばれるサフランが入っているものでして、これはこれでおいしかったのですが、これは必然的にオリーブオイルが多く入ってくるので、食べきるにはちょっと重くてつらく、残してしまいました。でもイタリアンは普通に食べてましたね。偉大な人たちです。
なんか量の話ばっかりしてると、じゃあ質はどうなんだという向きも出てきます。量ばっかりなのか? そんなわけある訳ないじゃないですか。質もいいんですよ。それも物凄くいい。感動的においしいかったのです。
なにがおいしいかといわれればそりゃ炭水化物粉物好きの私ですから、パスタですよ、ピザですよ。ピザなんか焼き立てのチーズたっぷりのあつあつの、皿からはみ出てますから。全般的に薄めでさくさく食べられる、重くない。トッピングも新鮮なのか味がしっかりしているのか、一口目から食べきるまでずっとおいしい。オリーブオイルですね。オリーブオイルがかけられていたりするんですが、なんでこれが油っこいと感じないんだろう。熱せられたオリーブオイルの香味が、他の具材の味わい香りを際立たせてるんだろうなあ。いや、ほんと、とにかくおいしいんだってば。
でも食事は基本はパスタでした。いたるところでパスタを食べましたよ。イカ墨(ヴェネツィア)だとかバジルソース(フィレンツェ)とかペペローニ(ローマ)とか、クリームソースは避けながら(苦手だから)、その時その時の気分で注文しては食べて、どこのものもおいしかったです。
意外に思ったのが、フィレンツェ二日目のリストランテで頼んだバジルソースのパスタです。日本ではこれはジェノバ風(ジェノベーゼ)として知られているんですが、ジェノバ風のパスタをおくれといっても全然通じなかったのです。だからバジルソースのを、と言い直すはめになったのですが、ジェノバ風というのはイタリア全土で通じるものではないのかも知れませんね。また意外に思ったのが、本場のスパゲッティは固いという言説とその実際。ローマのペペローニの看板を掲げたリストランテで食べたパスタは太めで柔らかく煮られていた。それをトマトと赤ピーマン(ペペローニ)のソースで食べたのですが、隣のテーブルでは若者がスパゲッティのみを頼んでそれにどしどしパルミジャーノチーズをふりかけて食べていた。それみて、ちょっとおいしそうだと思いましたよ。パルミジャーノもしっかり熟成して味が深くなっているからいいのであって、日本のちょっとふりかけるようなのでは物足りないに違いない。ともあれ、あれはいつかやってみたいと思いました。
さて、粉以外の食事についても話しましょう。
肉は、ちょっと狂牛病とかが騒がれてた時期なんですよね。だからハムとかにして牛肉は避けたのですが、そのハムがおいしい。チーズも頼みました。フランスの黴が生えたようなのじゃなかったんですが、これもおいしかった。具だくさんのスープもおいしかった。でも中でも絶品だと思ったのは、シエナはカンポ広場そばのリストランテで食べたラザーニャですよ。薔薇色のソースが、というのはその名前が薔薇色のラザーニャだったからそういうのですが、もう物凄く深い味わい。ラザーニャの生地が、間あいだに具を挟んで層をなしていて、オレンジ色というかのソースがたっぷりかかっていたんですね。バスで弱ってなければ二皿は食べたかったくらいの極上料理でした。あれを食べるために、今なおカンポ広場にいっても惜しくないと思うほどですよ。
そして、イタリアでの食事といえば野菜でした。野菜の話題はここで話したいがために、これまで意図的に避けてきた、それほど印象的だったのです。初日のミラノから最終のローマまで、まず全食卓に生野菜の盛りあわせが載っていたのですが、この野菜の味が濃厚で、葉や茎も肉厚で、食べごたえがすごいです。日本のしゃきしゃきいうだけで味がするんだかどうだか分からんようなのとは全然違います。もうすごい自己主張が野菜野菜からみなぎっていました。
バジルとかルッコラとか、見覚えのあるレタスみたいのでも全然違っていて、やったら味が濃いわけだ。もちろん色も濃くって、滋養もきっとすごいんだろうと思う力強さ。季節はもう冬だったというのに、それであれなんだから旬ともなればどれほどなんだろうか。で、これらにオリーブオイルとバルサミコ酢をふりかけて、塩胡椒するわけですよ。これがおいしい。逆にいえば、これら簡単な味付けでもう充分なのですよ。ドレッシングやらマヨネーズやらで野菜の味にべったりと違う味を上乗せするんじゃなくて、簡単に一味添えてやるだけで充分の味の深さです。
でも、もしあの野菜が日本で出たら、ちょっと強すぎるかも知れないなあ。と思いながらも、昔の日本の野菜もそんなだったんですよ。味が深くて強くて、滋養もずっと多くあふれんばかりだった。それが今みたくなったのですから、結局日本の食卓は貧しくなったのです。
僕のイタリアの魚介類に対する感想はというと、日本の方がずっとうまい
というものでしたが、どうやらこれはたまたま僕の運が悪かったみたいです。
イタリアに行ったことのある知人に魚がおいしくなかったとこぼしたら、自分が食べたのはおいしかったという返答があって、彼女が食べたのは漁師町でのことだそうで、どこだったっけ? ナポリじゃなかった、もっと北の方、ジェノバ? アッシジは山の中だなあ、――つくづく人の旅先は覚えられなくていけないのですが、ともあれとてもおいしかったという話。じゃあ魚介類に関しては自分の運が悪かったといわざるを得ないでしょう。
イタリアで食べた魚介類、第一弾はヴェネツィアでの夕食、大皿にのせられたロブスターと魚の焼き物でした。大味というのが素直な感想で、味に緻密さは感じられず、海辺の街でこれなんだからイタリアの魚はおいしくないんだろうなと短絡的に思った。
次に食べたのはローマので夕食、二日目。魚を中心としたスープで、海老や貝などまさに海の恵みというコンセプトが光るスープだったのですが、塩分も海の恵みというか、ちょっと辛すぎて食べるには厳しかった。素材としての魚介はおいしかったのかも知れなかったのですが、残念ながらよく分からなかったといわざるを得ません。夜も遅かったから煮詰まってたのかなあ。
そして最後は、ナポリでの昼食。ここでは日本人向けに調整済みのイタリア料理が出て、メインは魚介のフライ、というかイカのリングフライです。イカリングとしてはおいしかったですよ。ですがちょっとなんというかつまらなかった。イタリアの魚介類とはかくあるものだという印象よりも、ああイカリングだ、イタリアにもあるんだなという、そういう普通の範囲にとどまったというのがむしろ印象深く残っています。
こんな感じで、魚介の料理に関しては当たりが悪かったのでしょう、あるいは他のものがインパクとありすぎて、結果として魚介はかすんでしまったようです。
というわけで、いつかリベンジしにいかねばなりませんな。やっぱりナポリ? でもいくなら山がいいなあ、というわけでもしかしたらリベンジは果たされないかも知れません。
イタリアでおいしかったのは食事だけにあらず。ドルチェ、お菓子の類いに関してもかなりの良質さが見出されます。イタリアでお菓子といえばジェラートが世界的に有名。イタリアは氷菓子の発祥の地であります。
昔、知人が卒業旅行でイタリアに行ったときはおそろしい寒波が直撃中で、だというのにその娘どもは死ぬほど寒い思いでジェラートを食べてイタリア人たちに笑われたという。
幸い我がイタリア紀行は、十月だったというにも関わらず美しい秋晴れに暖かな気候。おいおい、日本より緯度が高いのに暖かいとはどういうことだいといった風情。着いた翌日、初日のミラノの昼食がジェラート。ヴェネツィアではそんな暇まったくなくって、というかジェラッテリア見かけなかったなあ。ジェラートを一番食べたのは間違いなくフィレンツェでした。
燦々たる陽光のもと、歩きながらジェラートを食べ、一日の散策を終えて夕食からの帰り道にも食べ、一日二食三食ジェラートでした。フレーバーはフルーツがやっぱり多いです。というか、フルーツが一番合うなあ。
カップやコーンも何種類もあって、紙製のカップはつまらないから、いつもコーンを頼んでいました。コーンの主流は、日本でもよく見るくるりと三角に巻いた焼き菓子のもの。このほかにもいくつかバリエーションがあって、柔らかめのもの固めのもの、チョコレートがかかっているのは甘いジェラート食べた後のとどめにさらに甘いチョコレートがくるわけで、さすがにちょっと辟易しました。こういうコーンってのは甘さと冷たさを緩和する口直しのものなんですが、さすがにイタリア人は甘いものに対しては二枚も三枚も上手です。
コーンには大抵紙が巻いてあります。その紙がコーンに接着してあるのがたまにあって、イタリアの豪快さに苦笑いして、食べ物捨てるのには罪悪感があるんですよね。でも糊がついてるのを食べるわけにもいかないから捨てざるを得なくて、もったいないと後ろ髪ひかれる思いでした。
ジェラート売りは街角いたるところに見かけるので、買う人、食べる人もそれはもう沢山です。手軽で気軽な食べ物なんでしょう。日本でも流行ったけれども、老若男女問わず手にしているイタリアほどの浸透はさすがになくって、それは日常に溶け込むまえにちょっとおしゃれな特別な食べ物みたいな紹介がされてしまったせいじゃないかと、学生時分連日ハーゲンダッツに詣でた僕なんぞは思うわけです。
パリなんかでも名物らしい焼き栗は、イタリア各都市でも売られています。屋台販売で、見かけたのはミラノとローマだったけれど、多分フィレンツェにもあったのでしょう。ミラノで、昼食がジェラートだったので追加にと、ドゥオモ近くの売店がずらりと並んだ中から適当に選んで購入しました。
焼き栗は、日本の甘栗とはずいぶん違って、素朴に焼かれただけという感じなのですが、その素朴な感じがよいです。日本の栗とはちょっと違うのかなあ、日本のはほくほくした感じがありますが、イタリアのはそういうのじゃなくて、もっとさっくりしている感じ。なんかどんぐりに近いのかなあ、どんぐり食べたことがないから分からんけど。調理法も違うのでしょうが、それ以前に種類が少し違うのかも知れません。
日本の甘栗はしっかりした赤い袋に入った印象がありますが、イタリアのはもっと簡素な紙袋にざっくり入れられています。そんなに大きな袋じゃないです、方手に乗るくらいの大きさ。それを歩きながらちょこちょこつまんで、それがおいしい。結構表面が焦げてたりして、その焦げたところが固くさくさくしてたりするからまたおいしい。一説には暖とりのためのものなんだそうだけど、なんのなんの、充分おいしいよいおやつになってくれます。
イタリア数都市をめぐっただけで分かるのは、商魂たくましいイタリア人のリサーチと営業努力でしょう。日本人のティラミス好きはイタリア中に知れ渡っていました。イカ墨のスパゲティに関しても同様。このふたつを求めてさまよう日本人がどれほど多いか、分かろうというものです。
イカ墨のスパゲティに関しては、ベネツィアでいいように主導権を握られてしまったという苦い思い出があるものだから、それ以降は警戒してイカ墨とティラミスはNGワードとして、日本人と見るやこの文句を口にする店は避けて通るように決めていました。いや、そういう店が駄目だというわけじゃないんですよ。むしろ日本人好みを研究して、営業努力を惜しまないよい店であるとさえいえる。でもこちらとしては、そういう日本というものを置き去りにしてイタリアを満喫したかったのだから、いかにも日本人向けというのは嫌だったんです。だからなおさら現地人が入っていそうなリストランテをわざわざ選って入っていたくらいでした。
そんな偏屈日本人が唯一食べたティラミスというのが、シエナはカンポ広場そばのリストランテ。ラザーニャが絶品だったここはティラミスも絶品。普通ティラミスといえば、皿に盛りつけられて出てくる固形のものというイメージがありますが、ここのティラミスは大違い。ビスコッティで作られたふちが波のかたちにたゆたう器に、とろりと濃厚なティラミスが一杯にそそがれていて、加えてビスコッティがひとつ添えられていました。
ビスコッティにからめて食べるもよし、スプーンにすくってもよし。温度はほんのりと人肌で、それゆえ味わいがふくよかに開きます。ドルチェだから甘いよ、マスカルポーネチーズだからそりゃこってりとしているけれど、食べて嫌なむっとする感じはなかった。あっさりもしていないけれど、しつこくもないいいバランスがとれていました。
後にも先にも、こんなティラミスを見たのはここだけです。ほかで見たのは、日本でも馴染みのココアパウダーがかかって四角く切りだされるようなタイプ。だからあのティラミスは、カンポ広場脇のオリジナルなのかも知れません。だって、あまりに自分の中のティラミスとかけ離れていたものだから、オーダーを間違ったのかと思ったくらいでしたから。
何度もいいますが、このリストランテは、それこそ何度いっても感動するところだと思います。
そして、舞台はまたもやシエナ。パンフォルテというのが名物とバスガイドさんがいったから、それではと思い買ってみました。
パンフォルテ、見た目は大きな円盤。表面に白い粉がふいています。これが適当な大きさに切られて、街のあちこちで売られている。別に探すことなく買えるというところに、シエナの名物というのは本当だなと実感できます。
パンフォルテ、パンは食べ物のパン、フォルテは強いという意味なので、直訳すると強いパン。その名の通りかなり固く焼きしめられていて、中には木の実果物の類いが混ぜ込まれています。しかしこれは保存食なのでしょうか。結構長持ちしそうな感じがするんですよね。固いし、中に入ってるのも砂糖漬けとかだし、結構保存性が高そうな食べ物で、しかも香料が強い。独特の風味味わいが、実にヨーロッパはイタリアの伝統を物語っていて、まさに郷土菓子というほかない。日本人向けの味では断じてありませんでした。
実際日保ちするらしいのでお土産に持って帰るつもりだったのですが、道中、ホテルの夜なんかについついつまんでしまい結局日本までもちませんでした。ちょっとぱさついた感じで味も濃いのでのどがかわく食べ物なのですが、なんのかんのいいながら全部食べてしまったんだから、意外と嫌いではなかったのです。でも、それはイタリアの空の下だったからかも知れない。もし日本の気候の中で食べたならば――、とこれは今やもう分からぬ話となってしまいました。
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