サイパンにいくつもりがいけなくなってしまって、けれど気分はもうすっかり旅行だったから、なんだかもやもやしていたわけです。ああ旅に出たいなあ、日常なんてはるか後ろに追いやってさ、なんて思ったりして、けれどやはり海外にいくつもりでいけなくなったのは大きかったのですね。代替の旅行先というのもなんだか全然ぴんとこないのですよ。あまり休みがとれない上に貧乏なので、安価手軽を満たす場所を探す必要があったわけです。候補地は国内に限定されたも同然で、えーっ国内かあ、なんて罰当たりなことをいっていたのでした。
候補地はいろいろ出たのですがどうもしっくりくる感じがなくて、今回は一人旅でないので他の人の意向もあります。一人だったら金沢とかいきたかったかも知れません。けど連れ立って小京都というのもなんだか俗っぽい気がして――、いちいち文句の多い私です。
結局行き先は北海道に決定しました。なんで北海道なのか、それほどに北海道が好きというわけではないのですが、なんとなく日常からかけ離れた感じを北海道に持っているのでしょうか。とにかくさしたる理由もないままに、三度目の北海道紀行と相成ったわけでございます。
国内旅行の嬉しいところは、大阪空港を利用できることですね。電車とモノレールの乗り換えが一回、一時間くらいでいけるのかな? 関空はJRだけでいけるもののやっぱり遠いんですよ。空港というシチュエーションが持つ非日常性は明らかに関空のほうが上ですが、利便性から見ると大阪空港のほうがいいです。
飛行機に乗るときは、当然X線の検査がありますね。私、いっつもこれに引っかかるんですよ。以前イタリアに行ったときは、さすがに用心したので一発クリアしたのですが、国内旅行では油断があります。見事に引っかかっちゃいました。
検査に引っかかるのは金属製品を身につけてるからで、私の場合は首から下げるデジカメをはずし忘れて駄目なんです。今回もこれでした。
さて今度の北海道旅行は、美瑛にてペンション逗留とのことなので、ウクレレ持っていったんですね。ウクレレはそれほど大きくないので機内持ち込み可能だし、広々としたところでのウクレレはきっと気持ちいいです。
X線検査のトレイにウクレレをのせるとき、係員の兄さんにこれはなんですかと聞かれて、堂々ウクレレですと答えたら、楽器でーすと一声呼びかけて機械に通すのでした。カメラバックの時はカメラでーすと、そんな感じでモニタをのぞく人に荷の内容をいうようになってるみたいなんですね。はじめて気がつきました。
さてさて、実は荷物も引っかかってるんです。ほら、X線かぶりという現象があります。未現像の写真フィルムがX線に感光してしまうというもので、一応空港の検査機器はISO1600より感度の低いフィルムには影響しませんとのことがいわれています。でも心配じゃないですか。というわけでフィルムは全部X線を防御する特別のパックに詰めておくんです。けどこのX線を通さないという性質が問題で、検査に抵抗する怪しげな物体があるわけですよ。鞄を開けられてしまいました。
鞄を開けられても別に黒レースとかやばいものが入ってるわけでもないので平気。X線防御のバックを出して、中を見せながらフィルムでーすと自己申告して、後はもうスムーズに通過したのでありました。
飛行機の高度が下がりはじめて窓の外を見れば、眼下には北海道の大地が広がっています。今は収穫の季節で、四角く区画された畑にはそれぞれの作物が植わっているもんだからまるでパッチワークのように見えて、ただそれだけのことでなんだか嬉しくなってしまうような風景です。
これからこのパッチワークの大地に着くのだなと思ってちょっと楽しくなってきた頃に飛行機は旭川空港に着陸。ここからはレンタカーでの移動です。
レンタカー! 私が車を運転するといういうのでしょうか。なんという命知らず! いやいや、私はそんなに無謀な人間ではありません。私はいざというときの運転要員に過ぎず、ドライバーは他にいるのですよ。もし自分が旅行を組み立てたなら、きっと列車移動にしたことでしょう。私は運転は好きではないのです。
空港からレンタカーの事務所へはバスで移動します。空港の手続きカウンターに向かう道すがら、そこら辺におかれているパンフレットやチラシの類いを適当にとっていきます。同様にレンタカーの事務所でも地図やらパンフレットやらを貰って、なんというかこういう性質だから身の回りがすぐものだらけになるんです。
手続きが終わって車へと案内されると、そこに待つのはトヨタのistでした。なんと、カーナビもついてますよ。カーナビゲーションのついた車なんてはじめてですよ(いや乗ったことくらいはありますよ)。音声入力も可能なようで、私が子供の頃なんて登録した人の声しか認識できなかったのが、すっかり実用化されてるんですよ。なんだかちょっとわくわくしますね。
けどだからといって運転したくなったというわけでもないんですね。私はよっぽど運転嫌いにできているようです。
ちょうどついた時間がお昼時だったことから、まあどこかで昼食でもとろうじゃないかという話になりまして、じゃあ北海道だしらーめんにしよう、ってなんのひねりもない決まり方ですね。ラーメンを食べるにしてもどこになにがあるかなんてわからないので、こういうときはほら、チラシですよ。実はさっき空港出口付近で集めたチラシの中に、あさひかわラーメン村のものがまぎれていたのでした。
いくと決まれば話は早い、あさひかわラーメン村をカーナビに登録します。お出かけボタンを押してメニューを呼び出し、電話番号検索から即座に行き先を見付けてルートが確定します。すごいですね。いやほんと、感激でありました。
ラーメン村にはラーメン屋が八店舗入っていまして、こういう食のパビリオンっていうのでしょうか? 全国的に人気ですね。実際こうして店が集まっていてくれるおかげで見付けやすくいきやすくなるので、観光客としてはありがたいかぎりです。
どの店がいいとかそういう情報は当然持っておらず、現地について適当に物色。一蔵は定休日、山頭火は全国に出店してるからはずして、つまり六店舗からの選択ですね。一周ぐるりとまわって、けどここだーっていうような衝撃の出会いはなくって、なんとなくここかなーっていういい加減な理由で天金が選ばれました。
旭川のラーメンは醤油が基本とかいうらしいので、じゃあそれにしようと醤油ラーメンを頼みました。店はこぢんまりとしていて、テレビでは「間違いない」の人が女性数人を相手に話す番組をやっていて、北海道ローカルなんでしょうか。
ほどなくして出てきたラーメンは、見た目にも実にオーソドックスなもので、味はちょっとからめ。けれどしつこさはなくて、食べやすいものでした。でも量が少ないなあ。と、ここでメニューを見れば大盛り100円増しというのがあって、ああ大盛りにすればよかったよって思った。この大盛り表示、もしかしたらご飯のものなのかも知れませんが、聞くだけは聞いてみたかった。もうちょっと食べたいというところでやめるのがいいなんていいますが、それにしても食べたりなかった。そう思えたのはやっぱりおいしかったからなのでしょう。
レジにいくと、スタンプラリーなんてのをやっていて、全店舗まわれば金券が貰えるという話です。いやあ旅行者にはちょっと難しい話です。なので、帰ってからも食べられるよう持ち帰りのラーメンを買ったのでした。
天金、正油ラーメン630円なり。悪くないお昼でした。
さて、ちょっとナビについて感想をば。カーナビをほとんど使ったことがない私にとって、今回のカーナビ体験は実際カルチャーショックともいえるほどのものでした。自分の位置確認はGPSを使ってるんですよね。その追従性能はたいしたもので、曲がり角の指示なんかはまさにジャストタイミングで行われるし、ロストするなんてこともありませんし、まったくもって驚きでした。
電話番号や名称、住所で行き先が検索できるというのも便利ですよ。登録されている施設なら電話番号だけできっちり場所がでるし、登録されてなかったペンションにしても位置情報はしっかりと設定されました。これは、本当に便利だと思ったんですよ。
けど、問題もあるんですよ、もちろん。一番の問題は、駐車場の位置とかが現実と違うケースがあったことでしょうか。二日目、拓真館にいったときなのですが、駐車場が見えてるのにナビはまだ先にいけというんですね。その時はまだナビの癖をつかめていなかったのでいわれるままに進んでみたら、周りになんにもない道の途上で案内終了されてしまいました。というか、ここは拓真館の裏手じゃないですか! それでは困るのでUターンして、これ以後は目的地周辺まで近づいたらナビよりも目の前の看板だとか案内だとかを頼ることにしました(当たり前といえば当たり前なのですが)。
あと困ったのは、ナビの指示する左折や右折が、人間にとってわかりにくいことがあったんですね。例えば何十メートル先で右折ですと案内されて、でもその直前に左折が発生することがあったりするケースです。その左折は、優先道路だからなのかなんなのか、ナビにとっては道なりと判断されているようで、はっきりいってこういう案内は迷います。本来の道の手前で曲がってしまったりして、そうするとまあナビは新しい経路を探してくれるんですが、やっぱり運転中に不明瞭な案内がされればいらつきますし不安です。これは機械であるカーナビに期待してはいけない部分なのでしょうが、場合によっては事故やトラブルの原因にもなりかねないので、ちょっと怖いなと思ったものです。
ナビにとっては最短距離なのかも知れないけれど、やけに細い道を案内されるのも閉口します。だって、ここで右折して国道に入ったほうが楽だとわかってるのに、目的地への直進性を優先するのか左折を案内されて、道が細いっちゅうねん。細道はやっぱり嫌なので無視して国道に入ったりするんですが、そうすると左へ左へいかそうとする案内が始まって、まあ無視すりゃいいんですがちょっとうっとうしい。運転者の考えを汲んでくれないのも機械だから仕方がないんでしょうが、将来的には対話的にこういう修正調整をできるようになって欲しいものです。しかし、この夢が実現した暁には、果たしてどれほどの人がカーナビにキットと呼びかけるでしょうか。考えるとわくわくしますね。こんな時代になったら、車はいらないからカーナビだけでも欲しくなりそうな予感がします。
そんなこんなでまだまだ性能的に充分とはいえないカーナビですが、それでもこれが便利であるというのは間違いありません。なんといっても、よく考えられています、右折左折時にはビューが切り替わって3D表示されるんですよ。ポリゴン(?)の動きに合わせてほぼそのまま曲がることができて、これは本当にわかりやすかった。あとは夜間走行時、自動的に画面が明暗反転して暗くなります。変なところ凝るなあと思ったら、夜間に車内が明るくなると危険だからという配慮だそうで、メーカーもがんばっているのだと思ったのでありました。
私は基本的にドライブとかしないので、カーナビを必要とするケースはこれからもほとんどないでしょう。けどもし車を買って、長く乗るようなことにでもなればナビを欲しがることになりそうです。実際便利なのは確かであるし、ほとんど知らないところでもなんとか走ることができますし、地図を読むのが面倒くさいと思う私なんかには実にうってつけです。
飛行機が着陸する直前に得た、北海道の大地はパッチワークだという感情。これは私だけのものではなく、広く誰もが思うもののようですね。というのも美瑛にはまさにパッチワークの路という名前の付けられたところがあるのですよ。大体、現地に着くまでそういったことなんにも知らないという私も私なんですが、まあまったくまえ知識なしにゆく旅もまた旅であります。
パッチワークの路、そこは豊かな場所でした。畑、草原、そして木々がゆったりとそれぞれ個性的に息づいて、けれどお互いを受け止めあっているかのような調和がみられる。この場にあって、心穏やかにあれない人がいるでだろうかと思うほどに、美しくて安らぎに満ちた景色が広がっています。
パッチワークの路は、ペンションへゆくちょうど途中だったものだから、寄り道気分で散策したのでした。
道路が整備されているので車でまわるのが一般になっていますが、本当はここは自分の足で歩いたほうが楽しいと思うのです。けど私を含めて大抵の人は横着にも車でまわって、まあガレージとかも結構あちこちに用意されてるので、今やこれが主流のスタイルなのでしょう。
さて、そんなわけで一番最初に寄った場所はケンとメリーの木でした。ケンとメリー? なんでこんな名前なのかと思っていたら、昔スカイラインのコマーシャルで使われた木だからなのだそうでして、そういえば四台目スカイラインはケンメリって呼ばれてましたっけね。この木の側にはペンションもあって、その名もずばりケンとメリー。木があって、コマーシャルに使われて名前がついて、そしてペンションができたという感じでしょうか。なんだか無理矢理に観光地にしているという感じがしますが、まあこれはどこでも同じ話でして、まあそういうこと抜きにしても素晴らしい景色なのは確かですから気にしないほうがよさそうです。
ペンションにチェックインする時間を考えて、次の目的地をセブンスターの木に設定しました。この辺の有名なポイントはちゃんとナビにも出るんですよね。正直驚きです。けれど行き先はペンションに合わせっぱなしだったので、適当に車を走らせて、なんだかよくわからないうちに一面黄色に染まった畑に遭遇。これはぜひ写真を撮らないとという気持ちになって、車を降りました。
黄色の正体は花畑でした。畑一面に黄色の花が敷き詰められて、この花、色や形はヒマワリみたいですが、大きさはずっと小さくて、けれど夕暮れを間近にした柔らかな光線のもとですごく幻想的な景色に見えました。花畑のずっと向こうには電波塔みたいなものも見えて、この本来異質なふたつが互いに邪魔することなく、ひとつの景色として共存しているんです。これはもう北海道の不思議というか、人工物も取り込んで自分のものにしてしまうような魔力があるみたいですね。
セブンスターの木に到着。なんでタバコの名前がついているのかというと、昔セブンスターのパッケージに使われたことがあるからなのだそうでして、タバコには興味がないからどんなパッケージなのかまったくわかりません。私、そんなのばっかりだなあ。
セブンスターの木はなんの木なんでしょうか、すっかり茶色く黄葉して、ちょっと季節が悪かったかも知れませんね。おそらく後ひと月ほどすれば落葉が始まって、冬には冬枯れの姿をさらすことでしょう。雪が積もったなかで見れば、ある種の感慨のありそうな景色です。
ところで、ケンとメリーの木にしてもそうなのですが、こうした観光名所化している木の側には結構大きな駐車場が整備されていて、便利といえば便利なのですがちょっと違うんじゃないかと気持ちにさせられます。本来これらは名もない木だったはずで、その手付かずのところに魅力が見いだされたのだと思うのです。ところが今やすっかり観光地となって駐車場も整備され、自販機や土産物屋もできて、もともとの魅力というのはなくなりつつあるんではないかなと思ったのでした。
美瑛は美しい景色が広がっていて、しかしその美しさというのは名前の付けられて観光名所化したところだけじゃなく、あちらこちらにあるんです。観光スポットというマークにしたがって、誰もがいった場所で誰もがとる記念撮影をして、もちろんそれでもかまわないんですが、私はなんだかなあと思った。もっとなんか自然なまっさらな気持ちで、まるで散歩するときみたいな気持ちで、この風景に接したいなあと思ったことは内緒です。
パッチワークの路を散策しがてらペンションに向かうのですが、どうも急がねばならなくなってしまいました。だんだん日が暮れてきて、目印の看板が見付けられなくなりそうだったんですね。目的地であるペンションは、ペンションジャガタラという景色のよさを売りにしているところでして、それだけにちょっと人里離れている、――といってもパッチワークの路近辺全体がそんな感じなんですけどね。
ペンションへの目印はルベシベ入口の看板とのこと。ですがこれがどんな大きさとかわからないわけですよ。あたりにいろいろ看板やらがあるんですが、どれもそれほど大きくない。景観に配慮しているのかみんな素朴につつましく、道の影に遠慮して立ってるんですね。それにあたりはもう随分暗くなっていて、こんな時間帯に見逃しでもしたら大変、知らない土地で道に迷うほど心細いものはないじゃありませんか。
とそんなわけで、どことなく切迫した雰囲気の中、右折という情報を頼りにそれらしい看板を探します。国道だからといって飛ばし気味に走ったら見逃してしまいそうなので多少速度を落としましてね、いつ看板が出現しても大丈夫なように備えるんです。しかし、ここで忘れてはいけないのがカーナビでした。カーナビが示していた、道なき地図上を走る緑のルートは、しっかり進むべき道をトレースしていたのです! 実をいいますと、この時までカーナビのルーティングには半信半疑でありまして、ですがまさに右折が案内されようとするそのとき、ルベシベ入口の看板を発見。行き過ぎるぎりぎりのタイミングで無事目印を見付けることができたのでした。
横道に入れば、あとは細道をくねくねと上って、ほとんど一本道ですね。農道みたいな道の向こうに明かりが見えて、いよいよペンションジャガタラに到着です。
ジャガタラ本館には普通の客室もあるのですが、コテージという選択肢もあって、おそらくはこちらのほうが人気です。コテージというのは、えーと、3000ギル、セーブができます。じゃなくて、二階建ての小さなログハウスなんですよ。サイトで確認すると私の泊まったのはコテージBですね。こじんまりした建物にベッドがふたつ、二階は畳敷きのロフトというんでしょうかね、今まで泊まったことのないタイプの部屋で、ちょっとわくわくさせるものがあります。
室内には小さなテレビデオがありまして、もちろんテレビも見られるんですが、入り口そばにしつらえられた棚にビデオが用意されているんです。ちょっと懐かしの映画が主流で、ジョン・カーペンターの『ザ・フォッグ』を発見。けれど白眉は『チンプイ エリさま活動大写真』ですよ。私、この漫画、好きだったんですよね。と、こんな感じにビデオだけでもかなり嬉しくなれるのですが、残念、北海道は美瑛にまできてビデオ見て帰っても仕方がない。結局一本も見ることなく宿を後にすることになります。
部屋にはログハウス作りの雑誌が数冊置かれています。多分オーナーさんがこういうの好きなんでしょうね、読んでみればログハウスにかける情熱というのが自分にも沸いてきそうでちょっと危険。ログビルダーを目指して勉強中ですとか、いつかログハウスに住む夢を実現したいと予算や土地、健在の確保に奔走する様子とかが紹介されていて面白そうなんですよ。実際に自分で建てている建てましたというのもあります。とにかく今まで知らなかった世界で、なにしろ泊まったコテージが結構快適だったもんですから、ログハウスもありかもなと思うようになります。私がログハウスを建てることは今後もないと思われますが、人生における選択肢としてこういうのも悪くないと思ったんですね。
ペンションジャガタラの売りは風景とコテージ、そしてもうひとつが温泉です。敷地内に露天風呂があって温泉が引かれています。特にことわりなく自由に入ることができて、大きな湯船で足を伸ばすことができます。ああ、嬉しい。やはり日本人は風呂好きで、特に朝夕の冷え込みが厳しくなってきた十月の北海道となれば風呂は格別ですよ。
露天風呂は山向こうに開かれていて、自然の景色を楽しみながら入れますとのことですが、ちょっと時間が遅すぎて夜空を見上げての入浴となりました。夜空、さすがにあたりに光源が少ないだけあって、見事に満天の星です。湯船に使って見上げればカシオペア座が見えて――、後はよくわからない。昔は星座盤をもって観測とかしたもんですが、なにしろそれも子供の頃の話ですから、忘れてしまってるんですね。星座を知っていればもっと面白いのだろうと星を見るたび思いますが、まあそれでも星空に違いがあるわけではありませんからよしとしましょう。
温泉は最近作られたもののようで、湯船を囲む木も新しく快適でした。面白いのが湯船の側にあった五右衛門風呂で、もう現役を引退しているものと思われます。一人がようやく入れるくらいのサイズで、足伸ばして入れる温泉もいいですが、五右衛門風呂も味わいがあって面白そうです。この温泉ができるまでは多分人気者だったんじゃないかと思うのですが、ここにも代替わりの波があったものと想像されます。
風呂から上がってほっこり一息ついたら、さあ次は食事です。北海道だからきっとジンギスカンだ、だって北海道の人は花見にジンギスカン、遠足にジンギスカン、海水浴にジンギスカン、キャンプにジンギスカン
といって、どの家にもジンギスカン用ナベがあるらしいというではありませんか(ほんまですか? ちなみにうちにはたこ焼き器あります)。と、こんな感じに予想して食堂のドアを開けたら、もう匂いで大正解。よっぽど長くジンギスカンの煙を浴び続けてきたのでしょう、部屋がまさにジンギスカンそのものといった空気に包まれていたのです。
ジンギスカン、手ごわいですね。文句なしにおいしいんですが、普段肉を食べ付けない私なんかは途中で食べ疲れしてしまうんですよ。味付けはしっかり目、これは羊肉だから当然なのかも知れません。副菜にはニシンとカレイがついて、こってりとあっさりがそろい踏み。脂ののったニシンはすごくおいしくて、けど羊で食べ疲れているところにニシンは少々重くて、カレイはからりときつね色に揚がっておいしいんですがやっぱり油が重いんです。申し訳ないんですが、私にはちょっと多すぎるようです。ご飯が一膳しか食べられませんでした。
私は一汁一菜後副菜といった感じの粗食で育っているので、こうしたたっぷりの食事というのには体がついていかないようです。そんな環境で育ったもんやさかい、最低一ヶ月に一回はジンギスカンを食べ
るという北海道へはようついていかん――。まあ、残しはしませんでしたけど。
食事が終わって、ちょっとゆっくりする時間。折角はるばる飛行機に乗せてきたウクレレを、ロフト和室で弾いて、なんだかのんびり気分です。飛行機のせいか、車に長く乗ったせいかなんだか眠くて、仰向けに寝てのウクレレは大変弾きにくいのでした。ああ駄目だ、このままじゃ寝てしまう。その前に一風呂浴びておこう。寝る前にと思い、もう一度風呂に浸かりにいったのでした。
冬を目前とした冷え込みに、心なしか夜空もきりりと引き締まって、星も寒々と光っています。この温泉(光明石温泉)の効用は肩凝り、冷え性なのだそうでして、まさにそいつに日々悩まされている私の期待するところ並々ならぬものがありました。温泉は透き通ったお湯、匂いもそれほど強くないので、感覚的に効きを感じるということはなくて、なのでここはいじましく効きのどうこうを考えるんじゃなくって、ゆったりリラックスを心がけたいものですね。むしろこういう気持ちを開放することのほうが、体にはいいと思います。
部屋に戻って、相変わらず寝そべったままウクレレをぽろぽろ。けどもう眠くて仕方がない――、布団をかぶって早々に寝ることにしたのでした。その時間たるや午後九時! 普段の私の生活からは考えられない早寝であったのでした。
第二日:美瑛 >