シリーズ ぶらり北海道

第三日:美瑛から登別へ

北海道登別市三日目行程

土曜日
ペンションジャガタラふらのチーズ工房ふらのワイン工場三段の滝樽前サービスエリア登別グランドホテル地獄谷

ペンションジャカタラにて朝日を拝む

日の出 夜は九時に寝るせいで朝が早くなりつつあります。けれどさすがに朝日より先に起きるというのは難しい。まだ暗いうちに起きるというのはかなわず、けれどかすかに光がさしたくらいで起き出すことに成功しました。私にしては大快挙といえるでしょう。

 起きれば後は迅速。パジャマに直接上着を着込んで、カメラを引っつかんで飛び出します。よし、まだ太陽は出ていない。明るくなりつつある東の空をにらみながら、日が出るのを今か今かと、震えながら待つのでした。

 日は出はじめると速いですね。数枚、画角やなんかを変えながら撮影。本当は望遠レンズでぐーっと引きつけられるだけ引きつけて撮影するのがいいのですが、残念ながら私は望遠レンズを持っていません。だから、手持ちの最望遠端、85mmの画角が精一杯でした。

朝日の中のペンション こういう風景に向き合うと、いろいろなレンズが欲しいと思ってしまいますね。望遠が欲しいです、広角は単焦点で欲しいですね。そうなれば三脚も、ボディももう一つくらいあってもいいかもなんて思うから、私は結局なにも買えなくなるんです。買えないから、手持ちの標準ズームと55mmでなんでも撮る。まあそれでも楽しいのですから、これでいいのかも知れません。

 太陽がすっかり昇ってしまったので、ペンションの周りを散歩がてらちょっと写真を撮って、フィルムが終わってしまったから部屋に戻りました。軽く風呂に行って暖まったら、食事にでも行くことにしましょう。

日の出
見よ、朝日が昇る
ペンション前庭
朝もやに煙る前庭

ペンションジャガタラ、最後の朝食

 ペンションジャガタラでの食事は、これが最後になりますね。今朝の食事はホットドッグがメインだったのでありました。パンにソーセージがはさんであって、ケチャップとかがかかっているやつですね(って、いくらなんでも説明はいらないと思う)。これが、パンの表面がうっすらと焦げておいしかった。私はこういうのは普段あんまり食べ付けないので、たまに食べるとすごく嬉しいんですね。なんというか、非日常感というのが後押しして、すごく嬉しくなるんですね。

 食後は、食堂のあちこちに飾られた写真を見て回って、そして今まではいったことのなかった、居間なんでしょうか? ちょっと広めの、多分ここも食堂ですね。コテージじゃなくて、本館に泊まった人が食事をとったりするんでしょう、そんな感じのスペースにはいってみました。そうしたらですね、ギターがありましてね、ナイロン弦のクラシックギターでヤマハ製で、弾いてみたら結構いい音がするんです。そんなに高価なギターではないと思うんです。むしろ普及価格帯の古いギターなんですが、けどそれがいい鳴りしてるんですね。これが木が乾燥している状態っていうんでしょうか、どうなのかわからないんですが、ボディも小さいのに低音がよく響いて、すごくいい感じでした。いろいろ弾いてみて、普段鉄弦のドレッドノートで弾いてる曲も随分印象が変わって、やっぱり面白いと思ったのでした。

 その後、ペンションで飼われている猫とちょっと遊んで、でもいつまでもこうしているわけにはいかないので、食堂をでれば後はもうチェックアウトの準備です。荷物をまとめて、車に積み込んで、手続きを終えたら、ああこれでペンションジャガタラとはさようなら。けど、このペンションはよかったと思います。なんかのんびりできて、いい時間をすごせたと思います。

ふらのチーズ工房でチーズを試食す

秋の紅葉 ペンションジャガタラをチェックアウトして、さて次の目的地、登別に向かうにはまだ少し時間があります。てなわけで、富良野の観光名所をちょびっとまわってみようということに。ふらのチーズ工房にいってみることにしたのでした。けど、なんでチーズ工房なのか。まあ理由は簡単でして、旭川空港でもらったチラシにふらのチーズ工房の案内があったんですね。チーズが好きなもんだからいってみたくなったという、それだけの理由です。

 ふらのチーズ工房ではチーズの製造過程の見学ができ、さらに予約しておけば手作り体験もできるというのですが、まあ今回は手作りするまでのこともありません。見るだけで満足ですよ、――とか思っていたら実にタイミング悪く、製造ラインは軒並みストップしていて、無人の室内、動いてない機械だけ見て工房見学は終了。かろうじて箱詰めを見ることはできましたが、これに関してはあんまりチーズ製造工程にかかわるものではありませんから、ちょっと期待外れでした。一巡にたいした時間がかかるもんではありませんでしたから、なおさらでした。

 開館直後だとこんなもんなんでしょうね。あるいは団体客の到来を待って、調整しているのかも知れません。

木彫り細工 さてさて、工房の見学こそはしょんぼりでしたが、売店はちゃんと営業していましたよ。入り口には、ほぼ手付かずの試食があって、イカ墨を練り込んだカマンベールタイプのセピア、ブリータイプのメゾン・ドゥ・ピエール、練り込まれたワインがマーブル状の彩りをなすワインチェダーを試すことができました。おすすめはセピア、メゾン・ドゥ・ピエールの、白カビタイプのものですね。ちょっと若かったですが、おいしかったです。

 散々試食して買わない、なんてことはなくって、ちゃんと買いましたよ。セピア、セピア、メゾン・ドゥ・ピエール、ピエール、ワインチェダー、ホワイトって感じで。チーズ好きなんです。特に癖のあるのが好きでして、だから白カビのチーズが非常に好みにあったのですね。

 売店の側には、チーズ作りに使った道具とか、チーズに関するクイズであるとか、乳搾り体験用牛型マシンとか、そういうちょっとした展示がありまして、それもぷらっと見て、チーズ工房見学は終了。帰り際にアイスクリームを売っているのも見たのですが、さすがに寒いので今日は断念しました。けど、きっとおいしいんでしょうね。

ふらのワイン工場でワインを試飲す

 長居するつもりでいたチーズ工房が想像以上にあっさりしていたので、時間が余ってしまいました。困ったな、というほどのこともないんですが、まあこういうことになっても、見るものは結構あるのが富良野です。チーズを食べたらワインでしょ、ってなわけで、いってきました、ふらのワイン工場

 ふらのワイン工場はどうも富良野市直営であるそうで、実はさっきのチーズ工房も富良野市農産加工研究所だったりふらの農産公社だったりするんですね。私は自治体に詳しいわけではありませんが、どちらかといえばあんまりものを生み出したりしないという印象のあるお役所が、チーズを作ったりワインを造ったりして、しかもそれを展示販売したりしているというのは面白いなと思いました。 ワイン工場の正式な名前は、富良野市ぶどう果樹研究所というようです。こうした研究所だとか公社が先にたって、地の名産を開発して名物にすればそれだけその土地の名前も知られることになりますし、観光資源や名物物産としての利用も期待できます。しかも、売れればそれが市財源になるのですから、こうした地域性に着目した商売は、(体よく)地方の時代とかいわれてる昨今、期待できるんじゃないかと思うんです。自治体のなかには、武士の商法よろしく、なにかうまいことしようとして失敗したりしてるところもあるみたいですが、その点、富良野はうまくいっている感じがしますね。ワインで賞をとったり、また結構知られてきているみたいで、堅実という印象がありました。

 さてさて、ワイン工場の見学といいましても実際の製造過程を見ることができなかったのは、先ほどのチーズ工房と一緒でした。ワインに関する展示や、醸造タンク、地下の貯蔵庫をぐるりと見て回るのが精一杯で、ちょっと残念かな。けれど、実際の製造現場というのはこういうもんなんだと思います。

 地下の倉庫は、積み上げられた瓶にしっとりとほこりの積もる、実にワイナリーらしい雰囲気が漂う場所でした。漂っているのは雰囲気だけじゃなくて、かび臭さもなかなかのものです。なんというか、胸がつまりそうな感じ。あんまり長居できない感じですね。おんなじカビでも、カマンベールとかブリーのとはなんでこんなに違うんでしょうね。

 見学が終われば試飲が待っているのも、先ほどのチーズ工房と一緒ですね。赤ワイン、白ワインを試すことができ、さらには本数限定で出ている、樽熟成の赤ワインもありました。

 普通のワインは、金属のタンクで醸造するのだそうです。ですがそれを木製の樽に詰めて熟成すると、とげとげしさがとれて口当たりのいいワインになるんですね。いやあ、もとは同じ葡萄だったはずなんですが、全然違うワインになっていました。柔らかで飲みやすく、ふくらみの感じられるいいワインでしたよ。限定と聞けば欲しくなるのが私の悪い癖で、買おうか買おうかとかなり迷ったんですが、見送りました。最近、あんまり飲まなくなったんですね。だから、以前買ったワインもほとんど手付かずで残っているんですね。なので、これ以上もったいないワインを増やすのもなんですから、見送ると決めたのでした。本当は、かなり欲しかったんですけどね。

 ところで、私、お酒を飲んでしまったわけですよ。ということはつまり、今日は車の運転しなくていい! いや、計画的にそうしたわけじゃないんですよ。

さよなら富良野、さよなら美瑛

富良野紅葉 ワイン工場を出て、さあいよいよ次の目的地、登別へと向かいます。ということはつまり道央自動車道を利用するのですが、一番近いインターチェンジからだとちょっと高いので、夕張インターチェンジまで一般道を利用します。

 とはいっても、道がよくわからんわけです。頼りは文明の利器、カーナビでありますが、現在地であるふらのワイン工場から次の目的地登別までの経路を表示させると、どうしても夕張インターチェンジ経由が出てこないんですね。なので、まずは登別に向かうようセットしてから、夕張インターチェンジに寄り道するよう設定してみました。もしこれでうまくいかなかったらどういう手が使えるかなと思いながら、ナビの画面を凝視していましたら、ここはもううまくしたもので、期待通りの経路が表示されました。

 てなわけで、美しい土地、美瑛富良野を後にして、夕張経由で登別へと向かいます。ちょっとしたドライブ気分でありますね(自分が運転するわけじゃないから、随分気楽なもんだ)。

三段の滝に寄ってみる

 夕張に向かう途上に三段の滝に寄りまして、三段の滝というのは芦別の名勝として知られる滝だそうです。もちろん私はいってみるまで知らなかったのですが、芦別川の途中に層状の岩が段差を成して、そこを流れ落ちる水がどうどうとしぶきをあげて見事でした。

三段の滝 滝をはさんだ上流下流ともに川は穏やかな顔をしているのですが、結構川幅が広いだけあって、水の落ち方もなかなかのもの。岩のごつごつとした川べりに、手すりからぎりぎり身を乗り出して写真を撮るのですが、やっぱり私にはあの景色をうまく切り取ることはできません。全部を撮れば寝ぼけたようで、ズームで寄っても遠めに見ただけの滝に負けています。ああ、やはり景色は実物を見るのがよいと思います。穏やかな日光のもと、流れ落ちる水音を身にうけて、ただ景色の一部になるのが一番よいのでしょう。

 三段の滝について調べてみれば、水の多い時期になれば、私の見たのとは比べ物にならないほどの雄大な景色が展開されるようで、そうか、私の結構驚いたあの滝は本当の姿ではなかったのかと、逆にそのことに驚きます。旅とはつくづく一期一会でありますが、私の見た滝もまた三段の滝のひとつの姿であり、また違う姿があるからこそ、再び訪れようと思うのかも知れません。雪の積もる冬の滝も見事なんではないでしょうか。春は雪解けの水を集めて、絶景かも知れません。いずれにしても、景色というのはただそこにあるだけで、すごいものであると思いますね。

三段の滝
水しぶきをあげて水の落ちる様はそれでも見事

 滝を見た後は、ぶらぶら橋を渡って川面を見下ろしてみたり、まばらな紅葉を眺めたりして、なにしろこの年はでっかい台風が北海道にまで来たものですから、紅葉は随分散ったのだそうです。それでも山は赤や黄色に色づいて、けれど、そうか、台風さえなかったら、もっと見事な景色だったんだろうな。そう思うと、いつかまた訪れたい場所であります。よい季節に、機会があれば、また訪れようと思います。

絶景の夕張、人住まう土地夕張

 滝を過ぎれば、後はもうインターチェンジに向かうばかり。道の脇には紅葉の山、山あいに川、湖、そしてダム。大きな自然の中に人工物が点々として、けれどこの小さく見える人工物が、自然を大きく変えたんですよね。途中には発電所も見えて、水力発電でしょう。きっと稼働しているのだと思いますが、私にはよくわかりません。景色もなにもかも、あっという間に後ろに過ぎ去っていきます。

 夕張では、ガソリンスタンドに寄って給油。ガソリンスタンドもそうなのですが、町全体からがこぢんまりとして、なんだか寂しい感じがします。昔、炭坑が盛んだったころの夕張はもっと栄えていたのだと思いますが、今ではなんだかうら悲しい風景です。けれど、この昭和の空気を残した街に行き交う高校生たちを見れば、携帯電話を手にして、短いスカート(寒くないの?)にルーズソックス、やはり平成の子らなんですね。私たちの生活とはまったく違うように見える小さな街でしたが、本当はなにも変わるところはないのかも知れないと思われました。人は、それぞれの暮らす土地で、それなりに今を生きています。夕張の子らも、もちろん私も、それぞれの今を、それなりに生きているのでしょう。

 景色を見ながら、少し眠りました。半醒半睡で夕張を抜けて、気付けば車は高速道路を走っていました。

樽前サービスエリアでちょっと休憩

 夕張から道央自動車道に入って、その間休みらしい休みも取らず、ずうっと走り詰め。ドライバーは疲れないものなのだろうか。けれど、文句もいわず音もあげず、やっと休憩を取ったのは、目的地登別を目前とする樽前サービスエリアでありました。

 樽前サービスエリアはこぢんまりとした、実にささやかなサービスエリアでした。お土産のコーナーが半分、もう半分が食堂。おなかが空いていたので、ここで遅い昼食をとります。

 メニューを見れば、ここの名物は豚丼だとかスープカレーとか、けれど私は軽く済ませようと思い、うどんを頼みました。うどん、このごろは東京に出てもうどんだけは関西風だしだったりして、昔散々悪口いわれた底の見えないだしというのはなかなか食べる機会がありませんでした。実際、東京でうどんを食べる機会は何度かあったのですが、どれも色の薄いだしでした。ところが、その一度食べてみたいと思っていた色の濃いだしを、思いがけずこの北海道で見付けることができまして、いや、本当に色が黒い。さすがに墨汁みたいというのは言い過ぎで、でもちょっと強い味付けはあっさりとしたうどんには合わないと思う。まあ、そんなこといいながらも、全部食べたんですけどね。

 それから、じゃがべーというのを食べました。揚げ芋にベーコンが入ったもので、なかなかおいしいものです。いもはほくほくとして、私に油はちょっと強いようにも思いましたが、それでもおいしいんですね。

 食堂の隅にはテレビがあって、ワイドショーでしょうか、熊に襲われるうんぬんというのを流していました。北海道は熊の本場なので、熊に遭遇すれば洒落にならないだろうと思い、でもまあ熊のでるようなところにはいかないでしょうから冗談なんですけどね。

樽前山を見ながらウクレレ演奏

 樽前サービスエリアにはちょっとした展望台がありましてね、階段を上ったところにある円形のスペースから、真っ正面に樽前山を望むことができるのです。樽前山というのは日本二百名山に数えられる山なのだそうでして、なだらかに足を引いた山を見れば、中央に盛り上がる溶岩ドームを見付けることができます。この山は活火山なのだそうでして、現在も活動中であるとか。サービスエリア展望台からは噴煙を見ることはできませんでしたが、こうした活火山というのが身近にある土地というのはすごいぞと思います。温泉が出るんですから、火山があってもなにもおかしくないんですが、普段の生活で火山というものを意識したりはしないですから、やっぱり北海道とはアメージングな土地であると思いますよ。

樽前山
展望台から望む樽前山

 さて、この展望台にはちょっとした仕掛けがありまして、円形スペースの中央に立つと、自分の発した音が驚くような音量で自分に跳ね返ってくるんですよ。案内板には樽前山に跳ね返ってみたいなことが書かれてるんですが、もちろんそんなの嘘です。円形に取り囲む低い壁面に波打つ文様が、ちょうど円の中心に向かって音を反射させるように工夫されているんですよ。しかし、その工夫足るや驚くべきです。軽く手を叩く、声を上げる、そういうちょっとしたことがびしびし返ってくるんです。

 そんなナイスな仕掛けがある場所に、なんと私はウクレレを持ってきていたんですね。素晴らしきかな、樽前S. A.。私はもう喜び勇んで、ウクレレを弾きはじめましたからね。ウクレレはボディが小さいからあんまり大きな音はしない(というかそうした軽い音がこの楽器の味でしょう)のですが、しかもこういうオープンスペースでは音が散ってしまいがちなんですが、なにしろ仕掛けの効果は絶大です。機械的にリバーブをかけたみたいな、ちょっとわざとらしくさえ感じるくらいの反響が得られて、もう、目茶苦茶面白い。あたりに誰もいないことをいいことに、嬉々としてひとり弾き続けましたもんね。

 しかし、この設計をした人も企画をした人も、まさかここでウクレレを弾く人間がでるとは思っていなかったと思うんです。私もこんな面白いものがあるなんて思ってもいませんでしたから、すごく運がよかったと思います。なので、もし北海道に行くという人がいらっしゃったら、ぜひ楽器を持っていって欲しいものだと思います。リコーダーでもいいです、なんでもいいです。とにかくもう、ものすごく面白いんですから。一度試してみる価値はありますよ。

熊の後ろ姿
人の背丈くらいある熊の像。しっぽがかわいいぞ。

登別の入り口で鬼に出会った

 樽前から少し走ればもう登別。私は知らなかったのですが、登別は鬼の里なんですね。道央自動車道からおりてすぐ目に入るのは大きな鬼の像で、それももうびっくりするような大きさ。左手に金棒を持って、右手は登別温泉町を指さしているんだそうですね。インターチェンジをおりてきたドライバーに、いいから一風呂浴びていけとアピールしているものかと思われます。しかし、それにしても今まで、これほど度肝を抜くような案内に出会ったことはありません。一言、すごいです、登別。

登別の鬼
インターチェンジからおりた矢先に、鬼と遭遇。
登別の鬼
近づいてみればこの雄姿!

 登別温泉に向かう道、だんだんと温泉町の雰囲気が出てきて、ちょっとひなびたというか、けれど温泉旅館はどうどうとしたのがいくつもあって、さすが日本有数の温泉場であると思いましたよ。私らの向かうのは、登別グランドホテル。名前からしても立派で、実際ホテル自体も立派でした。ところが、こういうところに慣れないもんで、玄関に車で乗りつければいいところを、駐車場を探して自分で停めちゃった。

 駐車場脇の細い階段を荷物持って上がって、ホテル一階ロビーをぐるりと囲んだ細い通りを荷物持って歩いて、玄関に到着。ここでドライバーに、直接乗りつければよかったのにと進言。ほら、今もタクシーが停まってるけど、こんな風にここで車から降りて、車をホテルの人間に預ければよかったんだよ。ほらよく二時間ドラマとかでやってるみたいに――。

 なかなか普段できない体験をし損なって、ちょっと残念ではありましたが、こういう小市民的なところもいいじゃありませんか。と、こんな感じで登別グランドホテルに到着したのでした。

登別グランドホテルは結構いいホテル

 登別グランドホテルでは、結構な上層階に泊まることができまして、ええ、これはもう同行者の力ですとも。いや、私もちゃんと旅費を分担してるから、おごりなんてことはないんですが、けど自分で企画する旅行だとこんな上層階に泊まる機会なんてまずありません。

 入り口扉の前に木の格子戸がありましてね、のれんなんてのもあって、扉を空けてずずいと奥に通れば、いかにも温泉旅館という感じの和室ですよ。ぱぱぱっと荷物を置いて、もうくつろぎモードですね。テレビはなにをやってるんだろうと番組表を見て、普段見慣れたものとは違う番組表はそれだけで面白いものです。そして、旅館の案内をざあっとみて、まさに登別の主役というべき温泉はと見ると、やりました、期待通りのローマ風呂です。同行者はださいださいというけれど、確かに時代遅れの感は多少否めないけれども、けれどこうしたホテルにローマ風呂は様式美じゃないですか。円形の大きな湯船の中央に裸婦像があったりして、すごいや、まさに昭和情緒漂う温泉地という感じがしてわくわくするじゃないですか。

 ホテルに入る前、張り出した円形の建造物を確かに目にしたのですが、あれがドーム型天井のローマ風呂だったわけです。部屋の窓から見れば、同型の円形建造物が隣り合っていて、片一方が男湯、もう一方は女湯でしょう。日替わりで男湯女湯を切り替えるのだそうで、なかなかの配慮ではござんせんか。これぞ男女平等かと思います。男湯ばっかり豪勢とかいう話は、ここ登別グランドホテルにはないのだとわかったのでした。

登別温泉町は昭和のかほり

 ホテルについて、けれどまだ時間はあるから、ちょいと地獄谷を見にいこうじゃないかということになりまして、ついでに晩酌の買い出しもかねて出かけました。

ヌードそして大人のオモチャ ホテルを出て、なだらかに坂になっている通りを上っていくのですが、ここでまさか昭和の名残を目にするとは思いませんでした。右折した右手に広がる魅惑の世界。看板に書かれた文字はヌード、そして大人のオモチャ! ホテルが近代的で立派だっただけに、これは度肝を抜かれましたよ。さすがに営業はしてないようでしたが、平成も十六年、二十一世紀を迎えてまさかこうした看板を見ることになろうとは想像もしていませんでした。というか、営業してないなら片づけたらいいのに!

 昭和の温泉町といえば、会社の慰安旅行とかで集まったおじさんたちが、わーっと飲んで騒いで、じゃあちょいとストリップでも見にいこうかい、いいね、いきましょう、いきましょう、みたいな、こういうのりがあったのだと想像できます。けど昨今は会社の課やら部でまとめて慰安旅行というのも下火で、まあ不況ということもあるでしょうし、それに個人主義の時代になってそうしたのが好まれないということもあって、しかしだったらこういう看板は片づけるべきでしょう。家族連れもくるところで、教育の云々といいたいわけでもありませんが、ヌード。過ぎさりし昭和、かつての高度成長の時代を偲ばせる、あまりに悲しすぎる一コマでした。

 いや、本当のところをいうと、めったに見られないものを見られたと、面白がって写真撮りまくったんですけどね。

大人のオモチャそしてヌード
温泉街には昭和高度成長の栄光と陰りが凝縮している

登別温泉街2005年12月6日の加筆

 登別に知人がいくというので、あの昭和の名残がまだ健在かどうか確認してくれるようお願いしたのでした。その結果が以下!

大人のオモチャそしてヌード再び
昭和の名残はかくも健在!

 2005年12月。あの日より一年を経て、まだ昭和の名残は残っていました。というか、もしかしたら営業してる?

町のあちこちに鬼、そして閻魔様

ミュージックスポットやんちゃ姫 ヌードの看板を過ぎると、町はいよいよ温泉地らしい情緒が強くなって、道の脇には土産物屋が並び、木彫り民芸品だとか湯の花とか、そういうのを見ながら歩くのが楽しい。歩道には点々と、石で作った椅子が置かれていて、これが熊とか梟とか、そういう動物のかたちをしているんですね。すごく可愛かったんですよ。写真撮っとけばよかったと、帰ってから思います。

 登別には地獄谷があるからなんでしょうか、鬼に縁があるみたいですね。登別入り口で出会った巨大な鬼の像にも度肝を抜かれましたが、道の途中にどうどうその異様を見せつけている身の丈三メートルの赤鬼青鬼にもびっくりしました。うわあ、作ったんだ――、と感心しながら先を進めば、今度はほこらが現れて、なかにはこれまた巨大な閻魔様が! この像、多分時間が来たら動きますね。ほこらの前には釜ゆでの釜なのか、大きなお釜が置かれていて、いやあ、本当に驚きました。

 閻魔様を写真に撮ろうと思ったけど、レンズの焦点距離の関係で断念。それくらい大きかったんですね。ほこら脇にあった赤鬼の顔出し看板は撮ったのですが、同行者の顔が出ているので残念ながら非公開です。

夕刻の地獄谷をめぐる

 日が落ちる前に地獄谷に行っておきます。明日の朝にいってもいいのですが、明日は明日でいきたいところがあるので、こういう場所はいけるうちにいっておくのがよいのです。

地獄谷 地獄谷というのは、爆裂火口の跡なのだそうでして、しかしこの爆裂火口という表現はなかなかすさまじいものがあります。実際に地獄谷にいってみれば、山あいに岩肌のむき出しになった窪地があり、あちこちから煙が出たりまた色が変わっていたりと、実に独特の雰囲気がある場所です。しかしここを異世界に思わせる最大の原因は匂いでしょう。立ちこめる硫黄の匂い。昔科学の授業で、硫化水素を発生させて教室中がゆで卵っぽくなったことがあったのですが、その時の教師の説明を思い出しましたよ。硫化水素は有毒です。地獄谷の臭気は、体に悪いんじゃないのかなあ。

 地獄谷巡りの順路は複数ありまして、自由になる時間と相談して、好みのルートを選ぶことができます。といっても、今日はもう遅いから中途までいって引き返すつもり。まずは順路右手に現れる小道をおりて薬師如来堂へ参ります。小さなお堂で、すぐそばにお湯がわき出ているのですが、その湯道に掲げられた看板がいかしていて熱湯注意。あぶねえ。触っちまうところだったよ。

 順路を先に進むと、岩のごつごつとした地獄谷の中心へと伸びる分かれ道があって、当然わたしも導かれるまま、硫黄の臭気吹き上げる谷の真ん中へと進んでいきます。箱根やなんかでもこうした湯の沸くところを見どころにしているそうですが、昔は本当にそのまんまを見せていて、渡り板なんかも、本当に板を渡しただけだったんだそうです。けどそれじゃ危険だからか、しっかりとした手すりがつけられるようになって、多分地獄谷でも似たような経緯をたどったのではないかと想像されます。

湯の小川 橋から下を見下ろせばあからさまに硫黄を含んだ黄白色の湯が沸いて、細い川に流れ込んでいるのを見ることができます。この川というのも湯でしょう。湯気が上がっていました。橋の右手には、七色富士というのがあって、富士とはいいますがそれほど大きなものではありません。ただ赤やら白やら緑やら、怪しげな色がいろいろについて、だから七色、小山になってるから富士。いい感じに名前がついていますが、写真に撮ったらきっとたいしたことなく写るんでしょうね。いや、腕の悪いのを被写体のせいにしちゃいけないですね。

 橋の終点、柵で囲まれた四角の中央には湯の沸き出てるポイントがあって、投げ込まれた硬貨が真っ黒に腐食していました。きっと硫黄の強い泉質なのでしょう。しかし、なんで泉と見れば硬貨を投げ入れたがるんでしょうかね。ここはトレビじゃないというのに。

 そろそろ光量が落ちてきたので、ここらで引き返すことにしました。

地獄谷、展望
谷の中程へと向かう遊歩道
地獄谷、虹色の山
いろいろに色づく地獄谷の小山
倒れた木々
大型台風の傷跡

登別温泉の歴史をちょっとかいま見る

 地獄谷の入り口付近には観光バスを何台もとめられるような大きな駐車場があって、その脇には土産物屋みたいな事務所みたいな小さな建物があります。なにかなかろうかと寄ってみることにしました。

 建物に入ってみると、土産物としては定番の湯の花、あとは動物のぬいぐるみとかそういうのがちょこちょこあって、あんまり欲しいと思うようなのがなかったんですね。けれどこの建物で重要なのはこういう土産物ではなくて、実は奥にあったのでした。

 奥にずいと進むと、登別周辺に住む動物の剥製が陳列された空間があって、鳥やら狐やらそして熊もいるそうで、登別には熊牧場もあるからなあ。表に駐車していた熊牧場のトラックには、宣伝に使う巨大な熊の剥製(?)があったのですが、そのあまりの巨大さに本当にこんなにでかいのかといぶかしげな私で、けれどこの建物に展示されているのは納得のサイズ。けれどこの大きさでも充分大きくて、こんなのが今全国をにぎわしているんだなと思うと、ちょっと出くわしたくないと思うのでした。

 剥製の置かれたスペースからさらに脇に入ると、登別温泉に関する史料が展示されています。地獄谷に沸く湯を温泉場に流した樋は、最初木製で、それがだんだんと変化して金属製の管も登場して、というそういう歴史を見ることができるんですね。登別といえば今では温泉ですが、昔は火薬に使う硫黄もとっていたなど、そうしたことを知ることができます。史料の他には、地獄谷を案内するジオラマもあって、けどこいつを堪能する前に、閉店とのこと、追い出されてしまいました。いや、別に実力行使があったわけじゃありませんよ。

 史料館というほどの大きさはありませんが、ちょっと登別温泉に詳しくなれるので、お立ち寄りの際にはちょっと覗いてみるとよいのではないかと思います。結構面白かったです。

地獄谷
朝に地獄谷を望む

ビール買って帰ろう

 ホテルに戻る前に、地元の人も利用しそうな雰囲気の小さなスーパーマーケット風のお店に立ち寄りました。なんでかというと、ここでビールを買っていこうという腹なんです。ホテルの冷蔵庫に各種飲み物が取りそろえられてることは重々承知していますが、それが結構高いということもやっぱり知っているもんだから、ちょっとでも安価に晩酌をすまそうという生活の知恵というかつつましさというかせこさというか。まあ、たいていの人がやっていることだろうと思います。

 酒屋さんに入ると、それこそいろいろなお酒があって、日本酒やワイン、さらにはハスカップのお酒なんてのもあったのですが、最初の思惑のとおり、ビールを買うことに決めました。いや、あんまりたくさん飲むつもりではないので、ビールあたりが手軽なんです。

 ビール、ビール。ビールといえば最近は地ビールなんてのが人気ですが、どうやらここ登別にも地ビールがあるようで、その名もえぞビール。丹頂鶴麦酒、北狐レッド麦酒、ひぐま濃い麦酒、登別地獄谷燻し麦酒、なまらにがいビールが置いてありました。

 さて、この中から選ぶとしたらどれがいいでしょう。燻しビールというのは話に聞く燻製ビールで、ビールに煙を通すことで独特の風味を出すものだそうです。岩城宏之の本で読んで知って以来いっぺん飲んでみたいと思ったんだ。けど、こういうマニアックのを旅先で飲むのもむつかしい。余るかも知れない。余らせるのはもったいないから無理して飲むだろうけど、けど旅先だから置いておいてあとでというのが難しい……。

 燻製ビールは土産になりました。

 結局買ったのは、ひぐま濃い麦酒と北狐レッド麦酒。ひぐまはなんか賞をとってるらしくて期待できますが、黒ビールというのはちょっと厳しいかも。以前、パブで頼んで後悔したことがあったのだ。なのでちょっと普通のビールに近いと思われた北狐も買うことでバランスをとったのでした。

 しかし、一番普通のビールに近いと思われる丹頂鶴を選ばないあたりに私の性格が見て取れます。チャレンジせずにはおられない、因果な性格が見て取れるとは思いませんか。

道標
蝦夷路、右至ル地獄谷
土産物店店頭
土産物店店頭

大浴場を堪能する

 食事の前に温泉につかってこようと思います。温泉とは、かのローマ風呂。円形の大きな湯船に温泉がなみなみとあふれているのであります。

 大浴場では三種の泉質、露天風呂、そしてサウナを楽しむことができるのですが、やっぱりまずはローマ風呂でしょう。広々とした脱衣場を抜け、入り口扉を開ければ、そこはまさにローマ。というか、時代遅れとは感じないなあ。写真で見たときに感じた、なんか作り物という感じはまったくなくって、いったいこの印象の違いとはなんなのでしょうか。やっぱり人がいるから? それとも湯気がもうもうしてるから? いやそれよりも、写真以上に広く感じられるという、その大きさのためかと思います。

 入り口脇には掛かり湯用に湯船(?)と手桶が用意されて、そそくさと掛かり湯を済ませて円形風呂につかれば、足が伸ばせてすごく気持ちがいい。普段の風呂で足を伸ばしたことなんてありませんし、少なめの湯に、体を小さくすくませてつかる普段とはもうまったく違います。湯の量が多いのは、やっぱり贅沢だなと思いました。

 円形の大湯船には塩類泉が、そして壁際にも三つ小さめの湯船があって(といっても充分な大きさだ)、それぞれに塩類泉、硫黄泉、明礬泉が湛えられています。とにかくいろいろ試してみたい私は順繰りにつかってみて、最後には硫黄泉に落ち着きました。硫黄泉が一番温度が高かったんですよ。

 登別の湯は比較的ぬるめで、湯船につかってるとおじさんが温度はどうですかと聞いてくる。硫黄泉が一番熱いですよといったら、すごく残念そうだったのはその人が江戸っ子だったりするからでしょうか(いや、実際のところは知らないよ)。確かにちょっと物足りないかも知れません。ちなみに一番ぬるいのは明礬泉で、江戸っ子でない私にもちょっとぬるすぎると感じました。だから最後は硫黄泉。風呂につかりながら、湯の効用なんかをちょこちょこ話したりして、見知らぬ人との交流があるのも温泉のよさかも知れません。

露天風呂第一段は滝の見える岩風呂!

 ひとしきり屋内の湯船を堪能したら、さあさお待ちかねの露天風呂ですよ。いそいそと大浴場を出てみれば、目の前に滝の落ちるのを見ながらつかれる岩風呂がありまして、ああこの滝は部屋の窓から見えたやつだ。結構大きな滝でしてね、まあそこかしこに人工的な感じは拭えないのですが(天然だったらごめんね)、落ちる水を見ながらの温泉というのもよいものです。

 露天風呂のいいところは、風呂の熱気がこもらないところだと思います。湯が熱くても、頭が涼しいからのぼせない。新鮮な空気が流れてくるので、ゆったりと落ち着いた気分をいっぱいに満喫できるというものです。

 湯船に入ってみればやっぱりちょっとぬるめのお湯で、だからお湯の中を漕いで進んで、お湯の吹き出し口を探しまして、やっぱりお湯の流れ込んでくるところだと温度が高め。本当はあんまりお湯の取り入れ口に近づくのはよくないらしいですが、あんまり気にしすぎてもなんなので、適当に好みの温度に調整して楽しむほうがいいのだと勝手に決めつけます。

 水のしぶきがあがるところにはマイナスイオンが出るなんていいますけど、広い湯船、温泉の効果にマイナスイオンと、リラクゼーション効果を得るには最高のシチュエーションであったと思います。伝統と格式の温泉旅館には、それだけのよさがあるもんだと思いました。

風呂上がりにはマッサージ

 温泉ですっかり体も気分もほぐれて、のんびり浴衣なんかに着替えて帰ろうかと廊下に出れば、そこではマッサージする人が待機していて、いかがですかと声をかけてきます。いや、もちろん有料ですよ。マッサージかあ、私ゃ肩こりやらなんやらがむやみにひどいからなあと、風呂上がりにマッサージは効果的というではないですか。というわけで、ちょっくらマッサージなどと洒落込んでみることにしたのでした。

 無料のマッサージチェアで!

 いや、お金がないわけではないんですが、なんというかこういうところにけちな性格が出るんですよ。きっとマッサージ師に揉んでもらったほうが効くとは思いながらも、変なところにしぶる。これはよくない。非常に悪い性格といわざるを得ませんね。

 浴場入り口近くに備えられたマッサージチェアというのは実に本式で、ほらこないだ保険庁だったかが購入してて問題になった、あれくらい立派。とにかく、背揉みも非常にリズミカルに、しっかりと揉むという感触のある、充実したものでありました。わたしんちにもマッサージチェアみたいのはあるんですが、やっぱり全然違うんですよ。価格にして、おそらく二三十倍以上の差があると思われるマッサージチェア。正直、これが家にあったら手狭でかなわんとは思いましたが、しかし値段分の威力はあるのだなと思いました。

 私は銭湯とかいった経験が非常に少なくて定かではないんですが、銭湯にもこういうマッサージチェアがあって、お金を入れたら一定時間動作するとかそういう感じだったと思います。あるいは温泉地のマッサージチェアもそういうものなのかも知れませんが、けれどここでは自由に利用できるよう解放されていて、すごくありがたいと思った。実際、利用している人も多く基本的には常時埋まっている状態。大人気であったのでした。

いざ食事、いざビール

 マッサージ機のせいかなあ、なんだか疲れがどっと出たようで眠くなったので、部屋に戻って横になっていたら中居さんの出入りが激しくなって、ああじきに食事の支度ができるなあ。お支度できましたのでとのことで、のっそり起き出して座敷に行ったら、まあそこには大量のお食事が! 私は決して小食ではないのですが、それにしてもこういう旅館で出て来る量は到底さばききれません。ええ、こりゃ駄目だ食べきれないなとわかる分量が食卓にはのっていたのでした。

 まあ、それでもぼちぼち食べていきましょう。ざっと見れば、小さな鍋がありますね、刺し身ももちろん、それからてんぷら。まあ、これくらいなら食べられますよ。そう、さっき買ったビールも忘れちゃいけませんね。まずはひぐま濃い麦酒を開けまして、いや、やっぱり黒ビールだ。甘味と癖のある味が濃厚に広がります。飲めないわけじゃないけれど、飲み付けない味だなあ。和食にはちょっと強すぎるのではないかと思われます。もちろん全部飲みましたけど。そして北狐レッド麦酒。これもとろりとした甘味がありますね。全体に赤みがかった色、香りも芳醇で、黒ビールより普段飲んでるものに近いと感じました。でもやっぱり和食には強い感じがするかな。

 このビール、瓶にかかれた説明を見ていて気付いたんですが、原産地はアメリカ、オレゴン州なんですね。ええーっ、北海道で醸造しているのかと思ってたんですが、そうじゃなかったのか。ちょっと意外で、ちょっとびっくりしました。いや、まさか輸入ビールとは思ってませんでしたから。

メインディッシュはこれからだった

 私はすっかり計算違いをしていました。なんと、食事はこれからだったのですよ。毛ガニが出たのです、毛ガニ。結構身もつまってて、味噌もちゃんとあって、足を全部むしってまずは蟹味噌からいただくのですが、なにしろこれまで散々食べてきているもんだから、食が進まないのです。うー、もったいない。カニなんて普段そんなに食べ付けているものではないから、やっぱりしっかり食べたいと思うのですが、思うも入らないのでは仕方がありません。足は、爪だけ食べてあとは全部残さざるを得ず、罪悪感が残りました。

 しかし、これが全部じゃなかったのですよ。鯛が出たのです。兜煮。大きな皿に蓋がしてあって、開けたら鯛のお頭がドーンと入っていました。うちで作る兜煮は醤油の色も濃いだしで煮るのが普通なのですが、この日の鯛は実にあっさりと白く澄んだだしで煮てあって、だからちょっと生臭さが残っていて、食べ過ぎた今の状態には厳しいものがありました。多分真っ黒では目にうるわしくないから透明なだしだと思うのですが、それにしてもちょっと食べにくかった。いや、それ以前に、もう食べられないくらいおなかいっぱいなんですけどね。

 頬の身にちょっと箸を付けて、それで終わり。もう、本当に罪悪感が残りました。

 私はいつも思うのですが、こういう旅館ではどうしてもお客が食べきれないような量を出さないわけにはいかないんでしょうか。以前の北海道旅行でも思ったのですが、旅館に泊まると出て来る食事は結構なボリュームで、最初こそは調子よく食べますが、最後の一品二品はほとんど食べられずに終わります。今回もそんな感じでしょう。けれど、私は食べ物は残してはいけないといって育てられたから、食事を残すのはつらいです。罪悪感があるのです。すごく食べ物に申し訳ない気持ちになるんです。

 なので、できれば温泉旅館は、適量ということを知って、適量を出して欲しいと思います。量が多くて贅沢という時代は終わったと思います。よいものを適量という時代に入ったと思うので、ぜひそうして欲しい。量を求める客がいるならしかたがないけれど、でも、それでも、この世界的に資源や食料の枯渇が予測されるような時代において、こういう量の贅沢は駄目だと思います。せめて客の要望にそうて欲しいもんだと思います。


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公開日:2004.10.19
最終更新日:2005.12.24
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