シリーズ ぶらり北海道

第四日:登別から大阪へ

北海道登別市四日目行程

土曜日
登別グランドホテル大湯沼地獄谷→日和山白老アイヌ民族博物館新千歳空港→大阪国際空港

朝風呂を浴びる

 温泉のいいところは朝湯ですね。朝酒、朝寝はないですが、って、これ以前もいったことがありましたね。ワンパターンはいけません。

 朝起きて、早速湯につかりにいきました。登別グランドホテルの大浴場は、一日おきに男湯女湯を入れ替えるということで、なので今朝入る湯ははじめての湯であるというわけです。さすがに朝で、もうすでに日は昇っているから脱衣場は明るくて、浴場の雰囲気も昨夕に感じたものとは随分違って感じました。朝だからか、あるいはもうもうと立ちこめる湯気がなかったからか、なんだかあっさりと、さっぱりとした感じがしたのです。

 大浴場はふたつあるどちらとも基本構成は変わらず、真ん中に大きな円形の塩類泉があって、壁際に小さく四角く塩類泉、硫黄泉、明礬泉の湯船がうがたれています。やっぱり私は一通りはいって、それから露天風呂へと移りました。

 露天風呂は、それぞれの違いが出るよう工夫されていましたね。前日のは滝の見える岩風呂でしたが、今日のは桧の大きな湯船でした。湯の流れ落ちるところはやっぱり温度が高めで、私には少しぬるめの風呂でしたから(江戸っ子にはかなりぬるいんじゃないでしょうか)、温度の高いところをよってつかって、のぼせないうちにあがりました。

 もう充分涼しく、むしろ肌寒さも感じるような時期なのですが、脱衣場には扇風機がまわっています。浴衣に着替えた幾人かが籐椅子に座ってくつろいでいて、けれど私はこの後朝食をとったらチェックアウトですから、普段着に着替え、部屋へと戻りました。今日ばかりはマッサージ椅子も使わず、まっすぐ部屋に帰ったのでした。

朝食はバイキングにて

 ホテルの朝食はバイキング形式。食堂に行ったら、大きな広間の中央に色々用意されていて、洋風のものもあれば和食もあって、肉もあれば野菜もある。野菜! 私のうちは基本的に菜食よりの食卓でありまして、だから私の口も野菜に慣れているのですが、旅行に出るとどうしても野菜の少ない動物食よりのメニューが並ぶもんで、いつも欲求不満になります。肉は食べ疲れるのです。脂が強いものになれば、食べるのが途中でしんどくなってくるのです。しまいには体調もくずれます。

 バイキングのいいところはなんといっても自分で料理を選べるところです。だから、思いっきり野菜過多の盛りつけをしてみました。いい感じに海草のサラダなんてのがあって、一皿をサラダで山盛りにしてみます。動物系の食べ物はスクランブルエッグだけという潔い割り切りで、もうとにかく野菜野菜野菜、ほんで芋と納豆と海苔とご飯。食後にはヨーグルトを食べオレンジジュースを飲み、そしてコーヒーで締めます。ええ、私にはこういう食事のほうがいいです。肉とかもたまにはいいです。けれど肉はたまにだからいいのであって、毎食の中心にあるようなものではありません。食事は炭水化物中心にして、ビタミン繊維質ミネラルをおかずから摂取するのが理想的といえるのではないでしょうか。

 とまあ、久々に野菜に偏った食事を思う存分とって、体調もいくぶんか回復の兆しを見せたのでありました。

大湯沼を見に行こう

 朝風呂を浴びて食事もして、食後の散歩もかねて大湯沼を見に行こうということになりました。といっても、突然今朝決まったのではなくて、昨日から予定していたことなんですけれどもね。

 登別は素晴らしく晴れて、観光のバスなんかもたくさんきているのがわかります。なんかみてみれば、中国からのツアーも多いみたいですね。端々で中国語を耳にして、昔習っていたものですから、ちょっと興味津々でした。いや、話しかけたりなんてことはないんですけど、でもやっぱりちょっと興味があるではないですか。

 地獄谷に到着。昨日、七色富士やらを見たポイントまで到着。軽くそのあたりも見てみたのですが、やっぱり明るい光の下で見ると、独特の不思議さは消え去ってなんだかつまらなく感じます。別におどろおどろしくないといけないというつもりはないのですが、それでもある程度はそれらしい雰囲気が欲しいものです。昼間の光はやっぱり明るくて、あたりから地獄谷という感じを取り去ってしまうのでした。

 さらに先に進んでみますと、ちょっと開けた公園みたいになったところがありましてね、東屋なんかもあったのですが、けれどあたりをロープが囲んでいて、近づけないようにされていました。なんでか。簡単な理由です。その年、北海道までやってきた大きな台風がそのあたりの木々をなぎ倒して、白樺なんかは何本もばたばた倒れて、土くれを巻き上げてその根をさらしていました。ええ、この台風の被害のために、倒木の周囲には入れないようにされていたのでした。しかし、私は関西に住んで何度か台風の大きいのは経験していますが、こんな風に木が倒されているというのははじめてみました。白樺は特に根が浅く張っているのかも知れません。ですが、それにしても木が倒れるというのはショックな話で、けれど一番ショックだったのは、北海道に住む人やこの公園を管理する人たちであったでしょう。

 先に進めば、だんだん道は険しくなって、足下には石をよせて作った階段。所々にかかった看板には地獄谷に関してのクイズもあって、けれど正直な話、のんびりクイズでもという感じではありませんでした。だって、階段が急なんですもの。途中、車道を横切って、さらに先に進めば、がらりと目の前が開けて、眼下には大きな湖が広がっていました。湖、――これが大湯沼です。

大湯沼
大湯沼が眼下に広がる

大湯沼

 大湯沼というのは、沼なんていうからどんなおどろおどろしいところかと思っていたら、意外に普通の湖でありまして、けれどただの湖ではありません。なんと水がお湯なのです。結構大きな湖で、水の面にはふわっと湯気が立っていましてね、多分ここも登別温泉の湯本のひとつなんでしょう。

 話によりますと、この湖も爆裂火口跡なんだそうでして、しかし何度聞いても爆裂火口というのはすさまじい表現です。火山が噴火する際、この眼下に見下ろす窪地を作るくらいの爆発があったというわけでして、そういえばさっき通ってきた地獄谷も爆裂火口の跡でした。あれだけの大きな火口を残しているんだから、よっぽどの爆発だったんだと思われます。それに今も温泉を湧出させて……、考えたらなんかあぶないなあ。

 調べてみれば、大湯沼の温度は四五十度ということで、人間がつかってつかれない温度じゃないですね。けど、多分あぶないんでしょう。大湯沼につかるとかいう話は聞いたことがありません。さらに登別には、奥の湯というのもあるそうでして、こちらはちょっと見に行かなかったのですが、なんと水温八十度だそうです。うはあ、ちょっとつかれないなあ。卵をゆでたくなるような温度ですが、八十度だったら卵も固ゆでになってしまいます。

地獄谷を越え日和山を望む

 大湯沼を見終えて、来た道を戻り、まずはホテルに。荷物はもう車に積み込まれていて、いつでもチェックアウトできるようにしてあります。けれど慌てて出ても仕方がないので、ちょっと土産物を見てみたりして、まあ買ったのは昆布だったりして色気もへったくれもないのですが、ぼちぼち出ましょうか。来た時もそうでしたが、帰りもやっぱり自分で地下の駐車場に降りていって、自分で車を出すという実にセルフサービス精神の旺盛な私たちです。

 これからの行程は、地獄谷を車で抜けて、今も煙をあげるという日和山を見た後、登別を離れます。

地獄谷はさっと過ぎた

 歩けば結構ある地獄谷の遊歩道。地獄谷の入り口から大湯沼まで、軽く三十分くらいは歩いたでしょうか、それくらいかかる道が車だとあっという間なのでいやんなりますね。途中、大湯沼に向かう道々で渡った車道を抜けて、車窓から地獄谷、――そして大湯沼を眺めます。大湯沼沿いでは、車を止めて湖を眺める人も多いのですが、今回はそれをせず車窓から見るだけにとどめました。

 そして行く先は、日和山を眺める展望台です。ここには駐車できるスペースがちゃんと用意されていて、そして展望台からは煙をもくもくとあげる日和山が望めます。その日は晴れていたので、山を見るには絶好の条件がそろっていましたね。

そして日和山

 青空をバックに噴煙を上げるとはいいましても、どうも安定している山だからか、もくもくというような感じではないんですね(だから、前段落の記述は嘘)。山の火口の一部に開いた、亀裂なのか穴なのかから、煙が吹き上げられているという表現の方が正しいんじゃないかと思います。そう、吹き上げてるのですよ。展望台から日和山までは結構な距離があったのですが、それでも噴煙を吹き出す音がかなりの音量で聞こえてくるのですが、火口の内側の圧力はよほど高いのだと思われます。煙が上っている写真だけ見れば、なんだかのどかな感じもないではないですが、実際に目の当たりにすると、すごいなあと思わせるだけのインパクトがあるのですね。

 展望台には先客がいらっしゃって、どういう人たちなのかはわかりませんが、その服装や恰幅のよさから、なんか会社の偉いさんですか? おじさん数名に若い女性が一人、秘書? ともあれ山を見ているこの人たちが記念写真を撮りたいと。私は旅先では一眼レフをふたつ下げてるのがたいていですから、よほど写真が好きだと勘違いされて、シャッターを押してくださいって頼まれることしばしばでして、ええ、日和山でも頼まれましたよ。コンパクトカメラを構えて、もっと寄ってくださいだのなんだのいって画角に収まるよういろいろ考えて、そしていざ撮ろうとすると煙が止まるんですよ。もう、狙ってるとしか思えないタイミングで止まるんですよね。それで、またあれこれやりだすとしゅーって吹き出してきて、今だと思うとやむ。きーっ、嫌がらせか! けれど私は気長にシャッターチャンスを待つタイプであるので、記念のスナップ写真にえらい長い時間をかけて、吹き上がる噴煙をちゃんと撮って参りました。もちろん、自分の用の写真も、同じく煙がやんだりとまったりにやきもきしながら、いい感じに吹き上がる瞬間を待って撮ってきました。ええ、待てば海路の日和ありですよ。

日和山
噴煙を上げる日和山

白老へゆく理由

 登別を発ち、白老に向かおうと自動車道へ。さて、なぜ今回の旅程に白老を入れたのかといいますと、理由があるのです。

 2004年夏、フランスに留学している友人が一時帰国をいたしまして、その時にフランスで知りあったというルカさんと一緒に帰ってきたんですね。ルカさんは純粋な観光ではなく、日本での研修もあったというそのついでだったみたいなのですが、ともあれ思いもかけぬイタリア人との出会いに私はすごく嬉しかった。というのも、私はイタリア大好きですからね。

 そのルカさんが、日本を縦断しようというのでした。広島に始まり北海道に終わるツアーに参加されていたんですね。で、北海道では先住民であるアイヌの集落を見たい、食べ物を口にしたいと、そういうことをおっしゃりまして、けれど私がいったことがあるところといえば阿寒湖湖畔のアイヌコタンだけでしたから、ちょっと場所が違いすぎます。ルカさんの旅程を見れば、札幌周辺でなければいかれないのですよ。

 ルカさんの持っていた観光ガイドブックを見れば、札幌周辺にアイヌのコタンがあるなんて書いてありまして、けれど私は知らないわけです。なので家に帰ってから、Googleを駆使しネット上を検索し、ポロトコタンを発見! 早速ルカさんに連絡したのでした。

 人に紹介しておいて自分は知らないなんてのもどうでしょう。せっかく北海道に旅行して、しかも近くまでいくのですから、ここは自分もポロトコタンを訪れるべきではないのか。と、こうした理由から白老行きを決めたのでした。

白老アイヌ民族博物館前の売店にて

 白老アイヌ民族博物館についたのはちょうどお昼時で、小腹がすいたのでなにか食べようかということになったのですが、残念ながらそういった店というのがなくてですね、いや食堂はあったのですがどうもピンとこなかったのでした。なので、ここは少し我慢しようということに決まりました。

ポロト湖畔 博物館といいますが、博物館がぽつんとあるのではなくて、ポロト湖畔にアイヌの村を再現してあるのです。コタンはちょっとした公園くらいの広さがありまして、この中に博物館があるのです。とまあ、こんな感じですのでもしかしたら中にちょっとした食事のできる施設もあるかも知れないという期待がありました。

 受付ゲートの前には土産物屋の並ぶ建物がありまして、けれど時間が少し早かったのか、ほとんどの店はまだ営業を始めていませんでした。ですがもちろん営業しているお店もあるわけですから、ポロトコタンに入る前に早速のぞいてみることにしました。

 実はですね、私はムックリを買おうと思っていたのです。ムックリというのはアイヌの民族楽器で、竹でできた口琴です。私は以前阿寒湖畔のコタンの土産物店でムックリを買って持っていたのですが、あんまりに練習しすぎたものだから駄目にしてしまったんですね。だから、今回の北海道旅行で新しくムックリを買えたらよいなと思っていたのです。

 売店の店先を見ると、おお、これはいい感じ。ムックリがちゃんと売られていました。お試しくださいといった感じで置かれていたのを手にして、早速びょんびょん鳴らしてみたら、いきなり鳴らせる人は始めて見たって店の人からいわれましてね、まあ普通の人はムックリなんて練習したことないでしょうからね。以前に買って練習したことがあるんですと種明かしをしたら、もっと練習したらもっとよくなりますよっていわれて、この辺のがいいですよとムックリを出してくれたのでした。

 また壊れることも考えて二本購入したのですが、あんまり練習していません。いけませんね、これじゃうまくなりません。

いよいよポロトコタンを散策

ポロトコタン ムックリも買ったし、さあポロトコタンに入りましょうか。ポロトコタンの入り口をくぐると、目の前には大きな像がそびえていて、その像というのはコタンコルクルといってむらおさの像なのだそうです。右手に持つのはイナウという、神様に奉納したり神様に言葉を伝えたりするのに使うものでして、この実物は博物館で見ることができます。なにしろコタンコルクルの像は16mあるそうですから、さすがにイナウにせよなんにせよ、実物とは違ってきます。

 さて、コタンコルクルの像からコタンの奥を見やれば、動物の檻があり、博物館があり、そしてその向こうにはチセが並んでいます。と、手前のチセの表に立って呼ぶ人がありました。アイヌ伝来の装束で、これから解説と実演をやりますよと、お急ぎくださいよと、そういうことをいっておいででありました。うん、ちょうど始まるというのはなんか験がいいから、ちょいと急いでみましょうか。

アイヌ伝統文化にちょっと触れる

チセ チセに入りますと、土間(でいいのかな?)にずらりと椅子が並べられて、入場者も結構多かったんですね、空席はほとんどない位に埋まっていました。そんな中、私は最前剌に陣取りまして、そうしたら前説のおじさんにいい感じに遊ばれてしまいました。ほら、私はウクレレを持っていましたから、っていっても別にむき身でもってたわけじゃないんですよ。ちゃんとケースに入れていたんですが、けれどそれでも珍しく思われたのでしょう。旅芸人の方? だなんていわれて、いやいやそんないいもんじゃないですよ。

 さて、あんまり細かいこと書いても仕方がないので、ざあっとおおまかに説明しましょう。

 説明されたものはといいますと、アイヌ民族の歴史であるとかその文化であるとか。例えば歴史でいえば、アイヌを支配した松前藩との関係についてであるとか、あるいはさまざまな地域に住んでいたアイヌが、現在はどのような状況に置かれているかなど。文化でいえば、アイヌ語やアイヌの食文化についてが語られました。あ、もちろん神様や自然との関わり方なんかについての説明もあって、有名な熊送りの儀式――イヨマンテについてなども忘れてはならない重要なものでありましょう。なんといいましてもここポロトコタンには実際に熊が飼われていまして、今は熊の霊おくりとかはしないという話ですが、ええ、そうしたアイヌ的生活様式を保存しているというのがわかる話でありました。

 そして、私の期待したムックリの演奏も行われまして、結構短くてそこは残念でしたが、けれどやっぱりこういう実演があるというのは楽しいもので、あの日のあの時は、自分もムックリ練習しようだなんて思ったものでしたが、ええ、前にもいいましたように全然練習してません。

 以前、阿寒湖畔のアイヌコタンでこうした実演を見たときは、もっといろいろな芸能というか遊びの紹介がされましたが、ポロトコタンではそうした芸能よりも普段の生活のスタイルみたいなものを前に出そうとしているのかなと思いました。今回初めて知ったこと、見たものも多くて、特に妙に説明なれしたおじさんは、そのひょうひょうとしたキャラクターも面白くてよかったです。

チセをめぐる

 ポロトコタンには何軒もチセがあって、多分それは、アイヌの暮らしぶりを表現するには、複数のチセが並んでいる必要があったからでしょう。きっともっと大きなコタンなら、もっとたくさんのチセがあったものと思われます。

 チセの構造というというのは決まっているのだそうです。その向いている方向、開いている窓のことなど、基本形というのがあって、そうした基本となるかたちを、直感的に理解できるようにするために、こうした複数のチセは役立っています。入り口をくぐれば土間があって、チセの中央には囲炉裏があって、私が驚いたのは、囲炉裏には本当に薪がくべてあって、ちゃんと機能しているのですよ。多分これは、天井から下げられた鮭を燻製にするためなのだろうと思います。この鮭は、さっきのアイヌ文化が説明されたチセにもつり下げられていて、本物だろうかどうだろうかと思っていたら、ちゃんと本物なのだそうです。鮭の燻製はサッチェプという、アイヌの伝統料理なんだそうで、ちゃんと土産物としても売られています

 チセは無人の場合もあれば、人がいる場合もあって、そのうちの一軒では竹を削ってムックリをつくる様子を見学することができました。床に座り込んで、台に置かれた竹片をノミで削っていきます。充分に薄くしたら、舌を作り穴を開けるのでしょう。写真を撮っていいですかとたずねたら、いいですよとの快い返事。さっきアイヌの文化紹介の時に聴いたムックリは、こうしてできたものなのかも知れません。

 チセの壁には民具や衣装などが下げられていて、それは飾り、装飾でありながら、アイヌの暮らしに用いられていたものの展示でもあります。日用のものがほとんどでありますが、中には楽器なんかもありまして、以前私が調べようとして資料の少なさに挫折したトンコリという弦楽器もあって、話によればこの楽器はある種宗教的、呪術的な雰囲気の中で演奏されたらしいのですね。あるいは楽器というものはことごとく魂や霊というものを感じさせるものでありますが、トンコリにはそうした魂の象徴としてガラス玉がふたつ収められているんだそうです。けれど私はトンコリが、本来のものに近い文脈の中で演奏されているところを聴いたことがなくて、一度聴いてみたいなと思っています。

 そういえば、壁に吊られた民族服のうちいくつかは貸衣装として、観光客に貸し出されているみたいなんですね。私は借りはしませんでしたが、ちょっとした記念撮影をするとか、そういうのにいいかも知れません。ちょっとアイヌ気分、といった感じですね。

チセの内部
チセの内部。囲炉裏、壁には民具、貸衣装も釣られている
ムックリ製作中
ムックリをつくる手

博物館を見学する

 アイヌ民族博物館は、ここポロトコタンの中心的施設であり、さまざまな民俗的資料が収蔵、展示されています。民具や衣装といった、普段の生活の中で用いられたものがあれば、また神器、神具などの展示もあり、アイヌの暮らしにおける日常と非日常がともに紹介されています。アイヌの暮らしを再現するジオラマなども用意されていて、予想以上の充実を見せる非常に満足できる博物館でありました。

 私はこうした民俗的なものは結構好きだからつぶさに見て回って、けれど知らないものの方がずっと多くて、いやこれは当たり前なんですけどね。今や日本には民族なんて概念はありゃしないと思っていますが、私に直接連なりのあるような先祖の暮らしさえも知らないのが、私らの世代であります。なら、異郷の地に暮らしたアイヌの人たちの暮らしやなにかを知らないというのは当たり前でしょう。

 印象に残ったのは神具でした。日本の神道では、御幣という白い紙を切ってたたんで棒につけたものを使いますが、アイヌではささがきをつくるみたいにしてこさえられた幣を下げた木の棒を用いるのだそうで、これをイナウといいます。色合いや見た目はススキの穂のように見え、その一本一本のくるくると縮れて回る木の幣は、なんだかすごく清浄な感じがして、私はこうした特別なものにどうにも憧れて仕方がありません。日常のものではなく、この世とあの世の中間に位置するような、そういう異界を垣間見させるようなところに引かれるのだと思います。

 私はこの博物館を実際に見学して、イタリア人のルカさんにここを紹介して本当によかったと思ったのでした。私は京都という歴史的に意味のある場所に育って、またさらに長岡京という十年で消えた都の跡地に暮らして、けれどそうした歴史的なものを保存し、展示し、紹介するということがどれほどなおざりにしかされていないか、多少なりとも知っているつもりです。いや、こういうことをいうと間違いがあります。さまざまな催しや展示の工夫はされていると感じるのですが、けれど予算の都合などの現実的な理由があったりするのでしょう。驚くほどに長岡京という都は知られておらず、以前テレビで平城京を扱った番組があったのですが、そこではまるで長岡京はなかったことにされているみたいな有り様で、その番組というのが私も好きだったものでありましたから、実にショックでした。博物学的な事業を行うということは難しく、ましてや人に過去のことを知ってもらうということは並大抵ではないのだと、傍目に見るばかりの私にも感じられるほどでありました。

 だから、もしこの博物館を紹介して、それが私の悪い予想のとおりであったらば、せっかくイタリアからやってきた友人に申し訳がないと思ったのでした。しかし、この博物館の充実は私にとっても驚きであって、とにかくさまざまなもの、ことをしっかり見せているのですから、期待以上であったといっていいでしょう。いや、それどころではなく、正直すごいなと思ったのでした。知らないことがいっぱいありました。知識としては知っていたけれど、ただそれだけにすぎなかったことが、目の前に、さすがにありのままにとはいえないものの、実際に展示されているのを見て、アイヌという民族のたどってきた歴史も知って、そして現在の状況――。

 私は特にアイヌに執着したりするようなものではありませんが、できればもっとアイヌのことを知りたいと思いました。日本という国では民族などという概念は失われて久しいと考えていた私でしたが、それが間違っていたことを知りました。あからさまに暴かれるようにして傷つくことがあれば、なかったみたいにされて傷つくこともあると知って、もっと知らないといけないことは地上にはたくさんあるのだなと改めて思ったのでした。

売店でちょっと食事

 博物館を出て、ミュージアムショップも一応のぞくのですが、けれどなにも買わず再び晴天下のポロト湖畔へと戻って参りました。と、ここで思い出すのは、まだお昼を食べていなかったということで、ポロトコタン内にある売店にちょこっと寄って、なにか食べ物を売ってないか見てみましょう。

 端的にいいますと、食べ物、売っていました。まずはソフトクリーム。けれどこれは食べませんでした。そしてサッチェプ。鮭の燻製ですが、これはさすがにここで食べるためのものではないと思ったので、お土産用に購入。最後に、これが重要なのですが、残念なことにその名前を覚えていません。見た目ぼってりした白玉団子を大きくしたみたいなのが串に刺されていまして、それでみたらし。これで食べられるものは全部だったと覚えています。

 こんな感じに、お昼ご飯向きのものがなくてですね、けれどなにも食べないというのもつらいから、購入しました、みたらしのやつ。食べてみた感じといえば、なにせみたらしですから、あの甘辛い馴染みの味一色です。それで団子はというと、なんかやっぱり見た目と同じでぼってりして、なんかみたらし団子というよりも、なんかすいとんの団子みたいな感じでした。ちょっと微妙な感じ。

 鮭の燻製サッチェプはアイヌの伝統食でしょうが、この団子に関しては多分そういうのじゃないなという感じがしました。けれど食べるには申し分なくて、けれどやっぱり昼食には向かないものですね。ちょっと甘すぎました。

ポロト湖畔
晴天下のポロト湖畔

熊そしてアイヌ犬を見る

 最前にもいったと思いますが、ここポロトコタンには動物の檻がありまして、その中に飼われているのはなにかというと、熊そしてアイヌ犬(北海道犬)なのですね。アイヌの民は熊をコタンにて飼っていて、神の使い(あるいは神そのもの)として大切に育てられていたという話です。ちょっと調べてみればアイヌ語にはヒグマに関する語彙が八十二もあるとのこと。ヒグマが、アイヌ社会においてどれだけ重要な存在であったかがわかる話であります。

 コタンで飼われている熊は、熊送りの儀式を通じその魂が天界に送られます。熊というのはアイヌの信仰において重要な位置にある動物で、アイヌ語ではキムンカムイ(山の神)と呼ばれます。ポロトコタンでは、キムンカムイが数頭飼育されていて、ですが今ではイヨマンテ(熊送り)の儀式は行われないという話でありました。私たち和人的観点からすれば命拾いしたなというように思えますが、アイヌ的観点からすれば天に帰れない魂は迷うかも知れない。ここに文化の相克を見ることができるように思います。

熊、足
キムンカムイの足
熊、全身
カメラをひいてみると

 さて、ポロトコタンで飼われていたもう一種類の動物、アイヌ犬なんでありますが、私は知らなかったのですが、アイヌ犬って天然記念物なんですね。

 立派に育った成犬もいたのですが、その日、人気を集めていたのは仔犬でありました。真っ白でふかふかの毛の仔犬が、小さな小屋に二匹そろって入っているかと思えば、よちよちとはい出てきて、愛想振りまくでもないのですが、そのしぐさがどんなであってもとにかく可愛い。仔犬は実に気ままなもので、あっちにいったりこっちにきたり、けれど、カメラを構えてベストショットを狙う観光客なんてちっとも意に介してないから、いい写真を撮るためにはもう待ちの一手でした。カメラを構えて、うまくこちらを向いてくれるまで待つのです。それだけするに足る可愛さで、かなりの長時間、仔犬の檻(というか、作で囲まれたスペースですね)の周りに居座っていました。

アイヌ犬、仔犬
カメラに向かっておすましの図
アイヌ犬、仔犬
まだまだ仔犬
アイヌ犬、仔犬
あくび
アイヌ犬、成犬
成犬

しらおいポロトコタンを去る

 説明を聞きチセを見て、博物館も動物たちも見て、お土産にサッチェプも買いました。事前に考えていた以上に充実していた設備、資料に大変満足、またポロトコタンのたたずまいにアイヌコタンを満喫したという思いもありました。ちなみに、夏が来れば、毎夜、二週間にわたり、ポロトコタンの夜という催しも行われ、昨年ルカさんがポロトコタンを訪れたときにもやっていたから、時間が許すなら観られるとどうでしょうなどといっていたのですが、果たして観られたのでしょうか。

 午後八時から九時半くらいまで、伝承歌や舞踊を中心とした催しは、きっとその夜というシチュエーションもあって、神秘的で素敵なんじゃないかと思うのですね。私は、以前アカンコタンにいったときに、アイヌ伝承芸能のステージを観ているのですが、このときのステージもまた夜で、なかなかの雰囲気があったと覚えています。

 ですが、今は季節も秋。それに、仮に夏だとしても、北海道最終日であればこうした催しに参加できるわけもなく、なにしろ飛行機の時間があるのです。いつまでも名残を惜しむでもなく、もうそろそろ去らねばなりません。

 ポロトコタンを後にする前に、むらおさの像を写真に収めました。ただコタンコルクル像だけを、レンズ一ぱいにキャッチして、ポロトコタン、さやうなら、お世話になりました。パチリ。

 こうして、アイヌ民族博物館を辞したのでありました。

白老アイヌ民族博物館前の売店にて(おまけ)

 コタンでいろいろ見て回っているうちにもうすっかり時間が経って、昼もずいぶん過ぎていましたから、博物館前の売店群はばっちり起きだしておりまして、物売りの声も盛んであったのでした。来しなには開いてなかった民芸品店の、それはそれは見事な木彫りの熊の像なんかを見てすごいなと感心したり、ぶらぶら見て回るだけでも楽しかったのですが、その熊の像を買わんかと勧めるのは勘弁してください。だって、百万とかを越えるんですから。値段も問題ですが大きさも大きさで、あんな大きなの、うちには置くところなんてありません。

 思うんですが、ああいった巨大な木彫りって、本当に売れるんでしょうか。私の育ってきた環境を振り返っても、あんなに大きな像を飾れる余裕のあるような豪邸って、ちょっと思い出せません。いや、私の環境が貧しかっただけか。いや、時代が貧しかったんですよ、時代が。

 あんまりいろいろと勧めて呉れるものだから、なにか買っていこうかなと思ったんですが、残念ながら私は基本的にあんまり買い物をする口ではありません。自分に必要な買い物、ムックリはスペアも含めて購入済みですし、友人のお土産ももう買ったしで、本当に買うものがなかったのでした。結構懸命になにか買えるものはないかなと探したのですが、残念ながらなにも買わぬままに立ち去ることとなりました。

 ほら、あれですよ。やっぱり早起きは三文の徳ということだと思います。あの、十一時の時点で決していたのだと思います。

空港へ向かう

 アイヌ民族博物館を見て、これで今回の北海道旅行の行程はおしまい。最終の地である千歳へと向かいます。千歳。千歳には空港があって、飛行機で飛んで帰ろうというのです。私は北海道には何度か来て、新千歳空港の利用も何度かあって、なんだかすごく身近に感じられる空港です。身近といってもありきたりな感じがするというわけではなく、なんだか特別な場所であります。

 白老から千歳までは車で一時間かからないくらいの距離で、飛行機の出る時間が結構迫っていたこともあって、高速道路を利用して急ぎます。けれど、迫っているといってもそんなぎりぎりなんてことはないので、無理に急ぐという感じもなく、のんびりのドライブ。空港では土産物を買ったり、それに食事をしたりと、やりたいことも結構ありますから、ちょうどいいペースで、いいくらいの時間に着けることでしょう。

 今回の旅は、レンタカーを借りてのマイペース旅行でした。つまり、千歳で車を返さないといけません。車を返すときには、その直前に燃料を満タンにしておくのがセオリーで、というのもレンタカー事務所でガソリンを入れるとなると結構な額なのですよ。だから安いところを見つけて、穏当な値段で済ませたかった。けど、運が悪いというかなんというか。高速をおりてからはガソリンスタンドを探しながら、結構気にしながら走っていたのですが、いい頃合いに、いいガソリンスタンドを見つけることができなくて、一旦レンタカー事務所にたどり着きながらも、ガソリンスタンドを求めて行き過ぎたりまでしまして、けれどもうあきらめました。ちょっとくらい高くてもいいから、早く車を返してしまおうということに決めました。

 車を返して、待合室でバスが出る時刻まで待ちました。新千歳空港の周辺は、がらんとした感じのある土地で、平地のあちこちに緑の木々が見えて、こせこせとしたところに住んでいる自分にはなんだかずいぶん新鮮な印象がありました。そんな中を送迎バスは走って、空港周辺をぐるりと回って終点に到着しました。

新千歳空港で過ごす数時間

遅めの昼食

 ようやく新千歳空港について、ほら、空港ターミナルビルにはレストランがいくつも入っていますから、遅めの昼食(時間的には早めの夕食だったような気もしますが)にありつこうという算段で、ぐるりフロアをめぐります。ですが、なにがいいとかわるいとかいうつもりではないのですが、どうもピンとくるところがありませんで、こういうときはなんといいますか、定番の特産品みたいのに落ち着くのが無難であります。

 北海道ラーメン道場という、道を代表するような複数のラーメン店が入ったスペースに行きました。

 ラーメン道場はターミナルビル三階のはじっこの方にありまして、結構こじんまりとしたスペースに、七店舗が入っています。うち六つがラーメン店で、どの店にしても客引きに余念がなく、活気にあふれた場所になっていました。

 ラーメン道場入口に各店の案内とメニューが用意されているのですが、それを見て私は旭川特一番の正油ラーメンを食べたいと思いまして、けれど同行者は味の時計台にいきたいという。味の時計台なら、以前札幌に行ったときに食べたじゃないかと思うのですが、まあ食べたいものは仕方がありません。とりあえず注文は決まったのでした。

 しかし、ここに誤算があったのです。同行者のいうには、以前には好きな店でばらばらに注文したラーメンを持ち寄って食べられたんだそうですが、どうも今はそれができなくなっているのだそうです。各店各店のテリトリーが決められていて、そこではそこの店のラーメンしか食べられない。というわけで、ばらばらに食べてもよかったのですが、せっかく一緒に旅行にきているのですからそういうのもなんじゃないですか。私が折れて、味の時計台のラーメンをいただくことにしました。

 味の時計台のブースでラーメンを食べて、それでサブメニューに餃子なんかを頼みまして、この餃子というのは味の時計台のものではなくて、ラーメン屋ではないサブメニュー専門の店があるんですね。そこの餃子でした。餃子はそんなにたくさんではありませんでしたが、ラーメンのサブですから、ちょっと物足りないくらいがちょうどいい量かもしれません。ラーメンがボリュームのあるものですから、実際に食べてみて食べたりないということはありません。ええ、後ちょっとくらいはいるなとは思うのですが、もうラーメン一杯を食べるのは無理かもなあという感じでした。

 先に食べ終わった私は、白黒フィルムを使いきろうと思って、ラーメン道場を撮影して、ですがここはレトロな雰囲気を出すために白熱灯を使って、ちょっと薄暗いのですね。うまくはとれないかもなと思いながらの撮影でした。

ラーメン道場入り口
トンネルをくぐるようにしてラーメン道場

空港では韓国物産展

 食事が済んで、土産でも物色しようかと階を下りたら、フロア中央のスペースを使って韓国物産展が開催されていました。とまあ、こんなふうにいうとさもここではじめて気付いたかのようですが、もちろんそんなわけはなくて、空港についてすぐ、あ、韓国物産展やってるってな感じで気付いてはいたのですよ。ただ、食事を優先させただけという話です。

韓国物産展
空港ロビーにて韓国物産展

 韓国物産展では、食品も売っていましたが雑貨なんかもありまして、けれど旅行者のいでたちでこうした物産店をのぞくのもなかなか難儀なもの。というのも、もうすでに北海道土産やらで手荷物は結構ふくれているのですから、ここであえて韓国のなにかを買うというのもちょっと厳しいものがあります。それに、例えばこれが大阪だとかなら違うんでしょうが、わざわざ北海道で韓国物産というのも変です。なので、少し興味を引かれながらも、韓国物産展を後に、常設の北海道土産売り場へと流れていくのでした。

 けれど、もし買うんだったら食品がいいですね。韓国海苔とかは今やポピュラーに食卓に並ぶものになっていますが、あれは確かにおいしいものであります。身近な場所での開催なら、買っちゃったろうなと思います。

土産物を買おうかと

 新千歳空港の土産物を扱うスペースというのは実によく充実していまして、やっぱり北海道ですから、食品関係は外せないですね。野菜や果物、魚介類、肉製品に乳製品。農産、海産、畜産がそろうのは、やはり北海道の豊かさなんじゃないかと思います。

 さて、乳製品といったら、二日目に寄りましたふらのチーズ工房。私は、基本的に旅のものはすべて一期一会だと思っています。見つけたその時に手に取っておかないと、後で手に入らないと悔やむこともしばしば。ほら、ちょうどイタリアはヴェネツィアドゥカーレ宮殿で買い逃したI bambini alla scopertaみたいな話ですよ。なので、ふらのチーズ工房においても、これと思ったチーズはしっかりと買い込んでおきました。

 ところがですよ、チーズ工房のチーズはここ新千歳空港でも買えたのでした。わーお、ショック。これがわかってたら、あの時買わず、ここで買いましたよ。

 とはいっても、旅の行く先で起こること、出会うものなんてのはわからないものでありますから、こういうことが起こるのもしかたないという他ありません。けど、保冷とか考えて運んだことを考えると、ちょっと悔しいと思いましたよ。

アリス・ファーム:手作りジャムをどうぞ
アリス・ファームというだけの理由で撮影したお店

 ここでちょっと同行者と別行動です。同行者は海産物を見にいって、ちょっと待つようにといわれたのに一向に帰ってこなかったから、探しにいって、それでも見つけることはかなわず、仕方がないから私は雑貨やらを見にいきました。とはいいましてもね、私は新千歳空港には以前もきたことがありますから、さして真新しいなにかが見つかるわけでもないのです。ざっと見て、土産に向くものをと思っても見つけることはできず、いや、北海道土産とするにはうってつけのものばかりなのですが、私の心に響かないのです。心に響かないものを、友人の土産にすることなどできましょうか。というわけで、結局土産は買わず仕舞でした。

 待ち合わせ場所に戻っても同行者はおらず。仕方がないので、植え込みに埋もれるように座り込んで、荷物番をしていました。周りを見回すと、やっぱりおんなじように、疲れて座り込んでいるお父さんとかがいて、ああいずこも同じか。でも、ここでは子供までも疲れていたものなあ。よっぽど北海道が楽しかったと見えますね。

しばし休息、帰還

 荷物を抱えて座り込んでいるところへ、ようやく同行者が帰ってきて、けれどなんだか疲れたということで、ソフトクリームを食べようということになりました。北海道は、やはり乳と蜜の流れる地であるだけのことはあります。あちらこちらにソフトクリームのスタンドがあって、プレーンなものがあれば、ラベンダーのフレーバーが加えられたものもあって、空港で食べたものはごく普通のソフトクリームでした。

 歩き回って疲れた体には、こうした甘いお菓子がやけにおいしく感じられます。口当たりはふうわりと軽く、しかし反面味わいは濃厚で、たまにこうして食べるとすごく嬉しくなる食べ物です。

 ソフトクリームを食べ終われば、もう後はすることもなし。時間を適当に見計らって、飛行機の搭乗手続きをおこない、そして機上の人となるのでしょう。手続きといってもさして手間のかかるものではなく、飛行機に乗れば一時間程度で大阪に着きます。北海道を発つときはまだ夕刻、ですが大阪に着く頃にはすっかり暗くなって、地上を見れば行き交う車列、街の明かりが点々と幻想的で、大阪空港に着陸すれば後はもう日常の光景。モノレールから阪急に乗り換えれば、もう完全に日常です。


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公開日:2004.10.19
最終更新日:2006.02.07
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